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四章 交換代筆~二人の過去~
四章 3
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「すみませんでした、貴之さん」
美優は今にも泣き出しそうな顔を伏せた。貴之の腕を握っている手に力がこもる。
「連絡を返さなかったことも、……心配をかけてしまったことも」
「いいよ。交換代筆に乗り気じゃなかったんだろ? そう言えばすむことだ。断ったって、俺は怒ったりしないから」
美優は俯いたまま、何度も首を横に振った。
「ぜんぶ、わたしが悪いんです。わたしが逃げてばかりいるから……」
美優は握っていた貴之の腕を離して、改めて貴之を見上げた。目元が湿っている。
「交換代筆、したいです」
美優の表情から、強い決意が読み取れた。
先日、貴之の部屋から美優が飛び出したときにも感じたが、美優は過去に対して、重いなにかを背負っているようだ。ここ数日、音信不通になるほどに。
この交換代筆で、美優はそれと向き合おうとしている。
「ああ、やろう」
その重荷をすべておろしてやりたい。
貴之はそう思った。
翌日。
抜けるような青空のもと、貴之と美優は都内の公園に来ていた。場所は美優の指定だ。平日の昼間だというのに、アスレチックには小さな子どもとその保護者でにぎわっている。
「なんで野外なんだよ。寒いだろ」
いくら太陽が輝いていても、冬の寒さには敵わない。貴之は黒いロングコートに両手を突っ込んだ。
「ここは幼いころに、母がよく連れて来てくれた公園なんです。両親が他界してから一度も来ていなかったので、いい機会だなと思いまして。それにあの頃のことを話すなら、じっと座っていられない気もしたんです。だから、歩きながら話しましょう」
野外で長時間過ごすとあって、美優はAラインのダウンコートを着ていた。マフラーや手袋も身に着けている。コートの色はピンクだ。好きな色なのだろう。
だったら美優の手紙はピンク色がいいのだろうな、と貴之は考える。美優に指摘されてから、レターセットの種類を増やしていた。
二人並んで広い公園の遊歩道をゆっくりと歩くが、いつまで待っても美優は口を開かない。いつもより顔も強張っているようだ。
「俺から話すか」
美優がはっとしたように顔を上げた。
「貴之さんの話は、わたしがまとめてご両親宛ての手紙にするんですよね。ちょっと待ってください、スマホで録音します」
美優はショルダーバッグをゴソゴソと漁る。
「仕事じゃないんだ、メモ程度で充分だ」
「えっ、でも聞き逃したら困りますよね。それに貴之さんの声って低くて耳障りがいいから、繰り返し聞きたいです。この声を聞きながら寝たら、よく眠れる気もするんですよね」
貴之はぎょっとする。なにを言いだすんだ。
「そんな使い方をするなよ、用途が違うだろ。録音禁止だ」
自分の声質のことなんて考えたこともなかった。気恥ずかしくなり、貴之は意味もなく額を擦った。
だいたい、親へ思いを何度も聞かれるなんて、とんでもない。美優はときどき、貴之がどん引きするような発言をする。
「そんなっ、この録音だけは楽しみにしていたんです。いいじゃないですか、減るものでもありませんし」
「ダメだ」
美優は「ガーン」と言わんばかりにショックを受けている。
今日はずっと沈み気味の美優に、いつもの調子が戻ってきて安堵するものの、貴之は「これからは隠し録りされないように注意しないとな」と警戒もするのだった。
「仕方がありません、頑張ってメモします」
美優は残念そうに大学ノートを開いた。
美優は今にも泣き出しそうな顔を伏せた。貴之の腕を握っている手に力がこもる。
「連絡を返さなかったことも、……心配をかけてしまったことも」
「いいよ。交換代筆に乗り気じゃなかったんだろ? そう言えばすむことだ。断ったって、俺は怒ったりしないから」
美優は俯いたまま、何度も首を横に振った。
「ぜんぶ、わたしが悪いんです。わたしが逃げてばかりいるから……」
美優は握っていた貴之の腕を離して、改めて貴之を見上げた。目元が湿っている。
「交換代筆、したいです」
美優の表情から、強い決意が読み取れた。
先日、貴之の部屋から美優が飛び出したときにも感じたが、美優は過去に対して、重いなにかを背負っているようだ。ここ数日、音信不通になるほどに。
この交換代筆で、美優はそれと向き合おうとしている。
「ああ、やろう」
その重荷をすべておろしてやりたい。
貴之はそう思った。
翌日。
抜けるような青空のもと、貴之と美優は都内の公園に来ていた。場所は美優の指定だ。平日の昼間だというのに、アスレチックには小さな子どもとその保護者でにぎわっている。
「なんで野外なんだよ。寒いだろ」
いくら太陽が輝いていても、冬の寒さには敵わない。貴之は黒いロングコートに両手を突っ込んだ。
「ここは幼いころに、母がよく連れて来てくれた公園なんです。両親が他界してから一度も来ていなかったので、いい機会だなと思いまして。それにあの頃のことを話すなら、じっと座っていられない気もしたんです。だから、歩きながら話しましょう」
野外で長時間過ごすとあって、美優はAラインのダウンコートを着ていた。マフラーや手袋も身に着けている。コートの色はピンクだ。好きな色なのだろう。
だったら美優の手紙はピンク色がいいのだろうな、と貴之は考える。美優に指摘されてから、レターセットの種類を増やしていた。
二人並んで広い公園の遊歩道をゆっくりと歩くが、いつまで待っても美優は口を開かない。いつもより顔も強張っているようだ。
「俺から話すか」
美優がはっとしたように顔を上げた。
「貴之さんの話は、わたしがまとめてご両親宛ての手紙にするんですよね。ちょっと待ってください、スマホで録音します」
美優はショルダーバッグをゴソゴソと漁る。
「仕事じゃないんだ、メモ程度で充分だ」
「えっ、でも聞き逃したら困りますよね。それに貴之さんの声って低くて耳障りがいいから、繰り返し聞きたいです。この声を聞きながら寝たら、よく眠れる気もするんですよね」
貴之はぎょっとする。なにを言いだすんだ。
「そんな使い方をするなよ、用途が違うだろ。録音禁止だ」
自分の声質のことなんて考えたこともなかった。気恥ずかしくなり、貴之は意味もなく額を擦った。
だいたい、親へ思いを何度も聞かれるなんて、とんでもない。美優はときどき、貴之がどん引きするような発言をする。
「そんなっ、この録音だけは楽しみにしていたんです。いいじゃないですか、減るものでもありませんし」
「ダメだ」
美優は「ガーン」と言わんばかりにショックを受けている。
今日はずっと沈み気味の美優に、いつもの調子が戻ってきて安堵するものの、貴之は「これからは隠し録りされないように注意しないとな」と警戒もするのだった。
「仕方がありません、頑張ってメモします」
美優は残念そうに大学ノートを開いた。
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