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四章 交換代筆~二人の過去~
四章 2
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貴之は早速、病院に足を運んだ。
外来患者で溢れた一階などとは違い、入院病棟は静かだった。看護師とすれ違うたび、ドキリとしてしまう。
声をかけてくれるなよ。
見舞客ではないと気づかれたら追い出されるだろうし、不審者だと思われたら説教、最悪通報なんて事態になりかねない。
頼むからいてくれ、と内心拝みながら、貴之はナースステーションの前を歩きながら看護師たちをチェックした。美優で見慣れたパンツスタイルのナース服に身を包んだ女性たちが、カウンターの奥で忙しそうに働いている。
その中に、美優はいなかった。
今日は勤務ではないのか。それとも、別の場所にいるのだろうか。
ゆっくりと歩きながら、出直すべきかと貴之が悩んでいると……。
「貴之さん?」
後ろから高い声が聞こえた。
振り向くと、クリップボードを手にした美優が、驚いたように立っていた。肩まである髪を、いつものように首の後ろでひとつに結わいている。
いた……!
貴之は眉をつり上げて大股で近づくと、美優の手首を握って、そのまま歩く。
「あ、あの……っ」
「ちょっと看護師さん、聞きたいことがあるので来てください」
貴之は声を張った。美優に言ったのではなく、二人が見えているであろうナースステーションまで声を届けるためだ。
貴之は階段の踊り場で足をとめ、美優の手首を離した。廊下の電気は壁に遮られて薄暗い。
「出勤してんじゃねえか」
「返事をしなかったこと、怒ってるんですか? ちょっとあの、忙しくて……」
慌てたような美優の言い訳は、嘘であることが見え透いていた。
「数日も、メール一本返せないほど忙しいわけがねえだろ」
美優の小さな頭に貴之が手をのせると、美優はビクリと肩をすくませた。
貴之は自分の手の上に額をつけた。
「心配させんな」
息混じりの声になった。安堵に全身が脱力するようだった。
九分九厘、スルーされているに決まっている。
そう思っていても、一抹の不安は拭えなかった。
美優は無事だった。それを確認したかったのだ。
言いたいことは山ほどあったが、美優の姿を見て、どうでもよくなった。
ぐりっと美優の頭をかき混ぜて、貴之は手を外した。
「元気ならそれでいい。またな」
階段を降りようとした貴之は、美優に腕を取られた。
「心配してくれたんですか?」
見上げてくる美優は、すがるように瞳を揺らしていた。
「あたりまえだろう。近しいヤツに、これ以上なにかあってほしくねえからな」
もう、目の前にいる誰かを失うのはこりごりだ。
美優は大きく目を見開いた。
「わたしのこと、そう思ってくれているんですか?」
当然だ。
ここ数か月で一番会っているのは、間違いなく美優だ。
それに、同じ事故で両親を亡くした遺族同士でもある。
美優はビジネスパートナーとも、友達とも違う。家族でもない。どんな関係なのかと聞かれると分類に困りはするが、「近しい」という表現がしっくりくる。
そうでなければ、いくら押しかけて来たって、家に入り浸ることを許してはいない。
美優の顔がみるみる歪んでいった。
「すみませんでした、貴之さん」
美優は今にも泣き出しそうな顔を伏せた。貴之の腕を握っている手に力がこもる。
外来患者で溢れた一階などとは違い、入院病棟は静かだった。看護師とすれ違うたび、ドキリとしてしまう。
声をかけてくれるなよ。
見舞客ではないと気づかれたら追い出されるだろうし、不審者だと思われたら説教、最悪通報なんて事態になりかねない。
頼むからいてくれ、と内心拝みながら、貴之はナースステーションの前を歩きながら看護師たちをチェックした。美優で見慣れたパンツスタイルのナース服に身を包んだ女性たちが、カウンターの奥で忙しそうに働いている。
その中に、美優はいなかった。
今日は勤務ではないのか。それとも、別の場所にいるのだろうか。
ゆっくりと歩きながら、出直すべきかと貴之が悩んでいると……。
「貴之さん?」
後ろから高い声が聞こえた。
振り向くと、クリップボードを手にした美優が、驚いたように立っていた。肩まである髪を、いつものように首の後ろでひとつに結わいている。
いた……!
貴之は眉をつり上げて大股で近づくと、美優の手首を握って、そのまま歩く。
「あ、あの……っ」
「ちょっと看護師さん、聞きたいことがあるので来てください」
貴之は声を張った。美優に言ったのではなく、二人が見えているであろうナースステーションまで声を届けるためだ。
貴之は階段の踊り場で足をとめ、美優の手首を離した。廊下の電気は壁に遮られて薄暗い。
「出勤してんじゃねえか」
「返事をしなかったこと、怒ってるんですか? ちょっとあの、忙しくて……」
慌てたような美優の言い訳は、嘘であることが見え透いていた。
「数日も、メール一本返せないほど忙しいわけがねえだろ」
美優の小さな頭に貴之が手をのせると、美優はビクリと肩をすくませた。
貴之は自分の手の上に額をつけた。
「心配させんな」
息混じりの声になった。安堵に全身が脱力するようだった。
九分九厘、スルーされているに決まっている。
そう思っていても、一抹の不安は拭えなかった。
美優は無事だった。それを確認したかったのだ。
言いたいことは山ほどあったが、美優の姿を見て、どうでもよくなった。
ぐりっと美優の頭をかき混ぜて、貴之は手を外した。
「元気ならそれでいい。またな」
階段を降りようとした貴之は、美優に腕を取られた。
「心配してくれたんですか?」
見上げてくる美優は、すがるように瞳を揺らしていた。
「あたりまえだろう。近しいヤツに、これ以上なにかあってほしくねえからな」
もう、目の前にいる誰かを失うのはこりごりだ。
美優は大きく目を見開いた。
「わたしのこと、そう思ってくれているんですか?」
当然だ。
ここ数か月で一番会っているのは、間違いなく美優だ。
それに、同じ事故で両親を亡くした遺族同士でもある。
美優はビジネスパートナーとも、友達とも違う。家族でもない。どんな関係なのかと聞かれると分類に困りはするが、「近しい」という表現がしっくりくる。
そうでなければ、いくら押しかけて来たって、家に入り浸ることを許してはいない。
美優の顔がみるみる歪んでいった。
「すみませんでした、貴之さん」
美優は今にも泣き出しそうな顔を伏せた。貴之の腕を握っている手に力がこもる。
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