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四章 交換代筆~二人の過去~

四章 1

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 街路樹にはイルミネーションが輝く十二月。
 あと三日でクリスマスだ。

「ミュウから返事が来ない……」

 仕事中に貴之はデスクの端に置いているスマートフォンに視線を投げた。気になって集中力が切れてしまう。
 今までも美優にかけた電話が繋がらないことは多々あったが、半日以内に返事があった。

 ――意図的に無視されている。

 何度も送ったSNSのメッセージが既読にならないことでも明らかだ。
 原因は「交換代筆」だろう。
 交換代筆を提案してから、パタリと連絡が途絶えたのだ。

 なにがそんなに嫌なのか。むしろ、嫌なら嫌だと断ればいいではないか。するのかしないのか、はっきりしないのが一番対応に困る。

「あいつなりに考えがあるんだろうけどな」

 貴之としては、一人でも親に手紙を書こうと考えていた。
 雑誌に寄稿した時の短い手紙も本音を書いたものだったが、雑誌に掲載する性質上、どこか飾ってしまっていた。

 感謝だけではない。文句だってある。あの事故は、貴之の人生を大きく変化させたのだから。
 そんな思いを洗いざらい吐き出して、自分を見つめ直し、改めて両親に素直な気持ちを伝えたい。
 そんな感情が高まっている今だからこそ、手紙を書きたいのだ。

 この作業は、美優にも必要なのではないかと思われた。交換代筆をもちかけたのは、そんな思いもあったのだ。美優が逃げ出して連絡が取れなくなった今では、その直感は確かだったのだと確信している。

 だから、なんとか美優とコンタクトを取ろうとしていたのだが、返事がないものは仕方がない。手紙を無理強いできるものでもない。

「一人で書くか」

 それ自体は、なんら問題はない。
 気掛かりなのは……。
 本当に、無視しているだけなのかどうかだ。

 タイミング的には、どう考えても交換代筆がイヤなだけのように思われる。しかし、万が一でも、事故や病気などで返事ができない状況になっていないとも限らない。

 九分九厘、スルーされているに決まっている。
 貴之はそう思うが、しかし、この世に「絶対」などないことも知っているのだ。
 想像もしていなかった「両親の死」という、ありえない不幸が突然襲ってきたのだから。
 せめて送ったメッセージが既読になっていれば、ここまで気を揉まずにすむものを。

「バカミュウめ、返事くらいしろよ」
 貴之は仕事を断念して、乱暴に資料を閉じた。

 美優の電話番号は知っていても、自宅は知らなかった。いままであちらから尋ねて来たので、貴之が美優の家に行く機会がなかったのだ。
 ならば、美優の職場である病院に尋ねに行くしかない。

 以前は一階で会えたが、入院担当の美優が外来のエリアに頻繁に現れるとは思えない。前回は運がよかったのだ。
 広い総合病院で闇雲に探しても、簡単には美優に会えないだろう。

 受付で美優を呼び出せるだろうか? いや、貴之のメールを無視しているくらいだから、美優が呼び出しに応じるとは考えにくい。そもそも、個人情報保護やらで、「新田美優」が従事しているか教えてもらえない可能性すらある。

「……仕方がない」
 公私混同はモットーに反するのだが。

 貴之は過去の依頼人である、三井萌々香に電話をかけることにした。祖母である三井節子の病室を聞くためだ。
 入院中の節子の見舞客として病室を訪れ、美優を捕まえようという作戦だった。

 しかし、この当ては外れた。
 萌々香に、節子は既に退院していると言われてしまったのだ。

 ただし、この回答は想定内だった。依頼から三か月も経っていれば、退院している可能性のほうが高い。

 見舞客になるのが一番確実ではあったが、美優が担当する病棟と階を知ることができれば、彼女を見つける難易度はぐっと下がる。
 貴之は早速、病院に足を運んだ。
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