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幕間三 美優が隠している罪
幕間三
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照明を落とした六畳の自室で、美優はベッドに横たわっていた。
可愛らしいピンクのぬいぐるみや小物が並んだ部屋に、窓から淡い月明かりがカーテン越しに差し込んでいる。
せっかくの休日だったのに、美優は一日のほとんどを、ぼんやりとベッドの上ですごしていた。
枕元に置いているスマートフォンが震えた。
メールの着信だろう。見なくても相手はわかっている。
「貴之さん……」
美優は抱き枕に額をこすりつけた。
メッセージを読みたいけれど、「交換代筆」の話が進んでしまうのが怖くて、メールを開けなかった。
貴之から交換代筆を提案されてから、三日が経過した。
その間、美優は貴之からの連絡に一度も返事をしていなかった。
「あのことを知られたら、嫌われちゃう」
美優が大好きな貴之からの連絡を無視し続けているのは、その恐怖からだった。
「せっかく仲良くしてくれているのに」
――美優は貴之に、隠していることがある。
貴之から聞いたわけではないが、彼はおそらく、恋愛感情が希薄だ。
だから美優からのあからさまな好意にも気づかず、さらりと流しているのだろう。
もしくは、好意には気づいているが、それを恋愛と結び付けていない。
つまり貴之は美優について、同じ事故での遺族であるという仲間意識を持っているに過ぎない。
しかし、美優と貴之では、立場が違うのだ。
交換代筆をすれば、それがバレてしまう。
そうなれば貴之は、美優に「仲間意識」すら持てなくなるのではないか。
それが怖い。
自分の汚いところなど、貴之には知られたくないのだ。
ずっとずっと、それを引きずって生きてきた。
自分の罪を受け入れられず、世間に反抗することもあった。
けれど、貴之の手紙に救われてからは、「それ」を綺麗なもので埋め立ててきた。
その上を歩いて、なかったことにしていた。
それを貴之は、掘り起こせと言っている。
「無理ですよ、貴之さん……」
いつもならばここで、両親の化身である二頭身の地蔵が携帯ストラップから飛び出してくるはずだ。
そしてこう励ますのだ。
――大丈夫よ美優、貴之さんを信じなさい。
――そうだぞ、すべて打ち明けても、彼なら受け止めてくれるはずだ。
しかし美優は、いつものようにミュウパパとミュウママを妄想することができなかった。
なぜならば、両親が「大丈夫だよ」なんて言ってくれるはずがないのだから。
美優は抱き枕にしがみついた。その手が震える。
「パパ、ママ、ごめんね」
美優は今晩も、眠れない夜を過ごすことになる――。
可愛らしいピンクのぬいぐるみや小物が並んだ部屋に、窓から淡い月明かりがカーテン越しに差し込んでいる。
せっかくの休日だったのに、美優は一日のほとんどを、ぼんやりとベッドの上ですごしていた。
枕元に置いているスマートフォンが震えた。
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「貴之さん……」
美優は抱き枕に額をこすりつけた。
メッセージを読みたいけれど、「交換代筆」の話が進んでしまうのが怖くて、メールを開けなかった。
貴之から交換代筆を提案されてから、三日が経過した。
その間、美優は貴之からの連絡に一度も返事をしていなかった。
「あのことを知られたら、嫌われちゃう」
美優が大好きな貴之からの連絡を無視し続けているのは、その恐怖からだった。
「せっかく仲良くしてくれているのに」
――美優は貴之に、隠していることがある。
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だから美優からのあからさまな好意にも気づかず、さらりと流しているのだろう。
もしくは、好意には気づいているが、それを恋愛と結び付けていない。
つまり貴之は美優について、同じ事故での遺族であるという仲間意識を持っているに過ぎない。
しかし、美優と貴之では、立場が違うのだ。
交換代筆をすれば、それがバレてしまう。
そうなれば貴之は、美優に「仲間意識」すら持てなくなるのではないか。
それが怖い。
自分の汚いところなど、貴之には知られたくないのだ。
ずっとずっと、それを引きずって生きてきた。
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けれど、貴之の手紙に救われてからは、「それ」を綺麗なもので埋め立ててきた。
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「無理ですよ、貴之さん……」
いつもならばここで、両親の化身である二頭身の地蔵が携帯ストラップから飛び出してくるはずだ。
そしてこう励ますのだ。
――大丈夫よ美優、貴之さんを信じなさい。
――そうだぞ、すべて打ち明けても、彼なら受け止めてくれるはずだ。
しかし美優は、いつものようにミュウパパとミュウママを妄想することができなかった。
なぜならば、両親が「大丈夫だよ」なんて言ってくれるはずがないのだから。
美優は抱き枕にしがみついた。その手が震える。
「パパ、ママ、ごめんね」
美優は今晩も、眠れない夜を過ごすことになる――。
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