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三章 ナポリタンとワンピースと文字

三章 11

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 志津恵はいくつか高校生活でしておいた方がいいポイントを話し、ビデオレターの締めの言葉に入る。
「次は誕生日に手紙を送ります。ビデオレターは五年後ね。じゃあ、またね」

 志津恵は手を振った。
 カメラをとめると、志津恵は笑顔のままぐったりと椅子に寄りかかった。

「少し横になったほうがいい。お時間をいただいてもいいですか?」
 夫は志津恵をベッドに運びながら貴之に確認する。

「もちろん、そのつもりでスケジュールを組んでいます。無理だと思ったら、遠慮なく言ってください。また別日にセッティングすればいいだけですから」
「ありがとうございます。でも大丈夫。昨日から撮影が楽しみで眠れなかったくらいなの。それに今日はすごく調子がいいのよ」

 志津恵はベッドに横たわりながら、首を横に振った。

「横になったら、髪がつぶれちゃうかしら?」
「すぐに直せるので、心配しないでください」

 冴子が次に着る衣装にスチームアイロンをかけながら微笑んだ。
 ――休憩を取りながらも、無事に六本の動画を撮り終えた。動画自体は一本五分にも満たないが、一日がかりの大仕事となった。

 志津恵の夫も、自分宛てのビデオレターの撮影や志津恵の着替えのたびに廊下に追い出されたりしながらも、ビデオレター作成を楽しんでいるようだった。
 それは終始、志津恵が笑顔だったからだろう。本人がこのイベントを一番楽しんでいた。

「みなさん、本当にありがとうございました。こんなに素敵な動画を撮れるなんて、思ってもいませんでした。あの子たち、驚くだろうなあ。どんな顔をするのかしら。泣いちゃうかもしれないわね」

 にこやかだった志津恵の表情が沈んでいく。
「見たかったな」

 それは貴之たちが見る、志津恵の初めての表情だった。

「あの子たちに直接、お祝いを言いたかった……」

 長丁場の撮影で体力が落ち、そして撮影終了で気がゆるんで、表情を繕えなくなったのかもしれない。

 そこからはダムが決壊するように、志津恵の表情が崩れていった。涙が落ちる前に、夫がベッドに横たわる志津恵の顔を引き寄せる。志津恵の肩が大きく震えた。嗚咽を漏らさないのは、まだ客人がいるからか。

 貴之たちは二人に声をかけて、静かに退室した。
 こうして、長いようで短い一日が終わった。

 それから志津恵とは手紙の件で数日間電話のやりとりをして、無事に二十二通の草案が出来上がった。

 急ぎの作業は終わった。二十二通の手紙の清書と六本の動画編集は、ある程度時間をかけてもいい。一番早いものでも、来年贈るものなのだから。

 それらは志津恵の思いのすべてが、魂が込められたものだ。貴之としても、全力で向き合わなければならない。隙間時間で簡単に手を付けられるものでもないので、まとまった時間を作って、集中して作業をしようと決めていた。

 ビデオレター撮影から二週間近く経った日の午後。
 貴之がパソコンに向かって原稿を書いていると、志津恵の夫から電話があった。

 志津恵が亡くなった、という知らせだった。
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