【完結】恋文が苦手な代筆屋のウラ事情~心を汲み取る手紙~

じゅん

文字の大きさ
上 下
45 / 74
三章 ナポリタンとワンピースと文字

三章 6

しおりを挟む
 美優は志津恵に確認をして、キッチンで温かいお茶を入れてきた。
「酸素をもらいますか?」
 美優が志津恵に尋ねた。

「大丈夫よ、休めばすぐに治るから」
「今日はこのあたりにしましょうか。ここは個室ですし、調子のいい時にこまめに電話で作業を進めませんか?」

 さすがに千葉まで頻繁に通うことはできない。それに志津恵としても、対面で話すよりも電話のほうが体力を消耗せずに済むのではないだろうか。

「そうですね、お会いできて、手紙を任せられる方だと安心しましたし。こうして見ると本当に字が綺麗で、お願いしてよかったわ」
 志津恵は微笑んだ。

「なんだかその音声、もったいないですね」
「……音声って?」
 美優の言葉に、志津恵は首をかしげた。

「録音の声です。手紙を完成させるのに、いろいろな思いを語っていたじゃないですか。それも聴いたら、ご家族は喜びますよ」
「そんな、適当にしゃべっていただけだもの。恥ずかしいわ」
「そうだ!」

 美優は表情を輝かせて、パチンと手を打った。

「手紙と一緒に、ビデオレターもつけましょうよ!」
「映像を送るということ?」
「そうです。最近増えているんですよ。わたし看護師なんですけど、遺言書にビデオレターをつけるからって、業者さんが病室に撮影に来たりするんです」
「そんなの遺言書につけてどうするんだ」

 貴之は素朴な疑問を抱く。

「もちろん映像の言葉は遺言書としての効力はないようですけど、家族に感謝の気持ちを伝えたり、遺産分割で揉めないように、こういう理由であなたにあげるんですよ、みたいな説明を入れるそうですよ」
「なるほど」

 遺言書でも付言事項で家族にメッセージを伝えることができるが、紙だけで知らされるよりも、本人が映像で説明していたほうが、相続人たちも納得感がありそうだ。

「話がそれちゃいましたけど、わたしが水谷さんにビデオレターを勧めたのは、声です」
 美優はICレコーダーを指した。休憩に入ってからは録音をとめている。

「わたしが小学四年生の時に、両親は他界しました」
 突然の美優の告白に、志津恵は眉を下げて骨ばった細い指で口を押えた。

「写真があるので顔はわかります。でも、もう両親の声を思い出せないんです。親の言葉を脳内再生することがあるんですけど、おそらく、実際の声とは違うと思います。それが、とても残念で……」

 ああ、と貴之は声が漏れそうになった。
 両親の声を忘れたわけではないのだが、かなりぼんやりとしている。記憶の声が正しいのか、今となっては確かめようもない。

「それにやっぱり、写真と映像ではインパクトが全然違いますよ。お子さんの五年先、十年先の節目のメッセージだけでも、ビデオレターを作りませんか? 水谷さんは綺麗ですもん、この姿をお子さんたちに残してあげましょう!」
「そうかしら……」
 志津恵は頬を擦りながら、嬉しそうにする。

「水谷さんは、立って歩けるんですか?」
 ベッドの近くの車椅子を見ながら美優が尋ねた。

「ええ、少しなら。車椅子は離れた検査室に行くときに使うの」
「そしたら、おしゃれもしましょうよ! お化粧をして素敵な衣装を着て。撮影はスマホでもかなり画質がいいですよ。どうですか水谷さん」
「……そうね、いいかも」

 志津恵は乗り気になってきたようだ。

「ですって貴之さん! ビデオレターも作りましょう!」
 ですって、じゃねえだろうと貴之は苦笑した。もはや代筆とは関係ない。

「話すだけでもそんなにお疲れなのに、大丈夫ですか、水谷さん」
 貴之は志津恵に意思確認をした。美優に押し切られているようにも見えるからだ。純粋に、志津恵の身体が心配だ。

「ええ。ビデオレターという発想はなかったけど、とても素敵なご提案だと思いました。協力していただけるのですか?」

 貴之は、指の背を顎に当ててしばし考えた。貴之は取材で撮影も兼ねることがあるので、撮影機材については問題ない。メイクや衣装担当も心当たりがある。ビデオレターは難なく作成できるだろう。
 最大の問題は、志津恵の体力だ。

「主治医とご主人の許諾を得られたら、ビデオレターも進めさせていただきたいと思います」
「ありがとうございます」

 志津恵はぱっと表情を明るくして、頭を下げた。貴之の隣りでは、美優が驚いたように見上げてきている。

「なんだ?」
「いえ、貴之さんのことだから『代筆と関係ないだろ』とか言ってごねると思っていたので、意外です」

 そのとおり、代筆と関係ないとは思った。以前の貴之なら一蹴していただろう。
 美優の無茶振りに慣れてきたのか。それとも、貴之の中でなにかが変化しているのだろうか。
 不思議なことに、ビデオレターの提案を断るという発想は浮かばなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

古屋さんバイト辞めるって

四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。 読んでくださりありがとうございました。 「古屋さんバイト辞めるって」  おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。  学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。  バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……  こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか? 表紙の画像はフリー素材サイトの https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。

【完結】空飛ぶハンカチ!!-転生したらモモンガだった。赤い中折れ帽を被り、飛膜を広げ異世界を滑空する!-

ジェルミ
ファンタジー
俺はどうやら間違いで死んだらしい。 女神の謝罪を受け異世界へ転生した俺は、無双とスキル習得率UPと成長速度向上の能力を授かった。 そしてもう一度、新しい人生を歩むはずだったのに…。 まさかモモンガなんて…。 まあ確かに人族に生まれたいとは言わなかったけど…。 普通、転生と言えば人族だと思うでしょう? でも女神が授けたスキルは最強だった。 リスサイズのモモンガは、赤で統一された中折れ帽とマント。 帽子の横には白い羽を付け、黒いブーツを履き腰にはレイピア。 神獣モモンガが異世界を駆け巡る。 物語はまったり、のんびりと進みます。 ※カクヨム様にも掲載しております。

【完結】緑の手を持つ花屋の私と、茶色の手を持つ騎士団長

五城楼スケ(デコスケ)
ファンタジー
〜花が良く育つので「緑の手」だと思っていたら「癒しの手」だったようです〜 王都の隅っこで両親から受け継いだ花屋「ブルーメ」を経営するアンネリーエ。 彼女のお店で売っている花は、色鮮やかで花持ちが良いと評判だ。 自分で花を育て、売っているアンネリーエの店に、ある日イケメンの騎士が現れる。 アンネリーエの作る花束を気に入ったイケメン騎士は、一週間に一度花束を買いに来るようになって──? どうやらアンネリーエが育てている花は、普通の花と違うらしい。 イケメン騎士が買っていく花束を切っ掛けに、アンネリーエの隠されていた力が明かされる、異世界お仕事ファンタジーです。 *HOTランキング1位、エールに感想有難うございました!とても励みになっています! ※花の名前にルビで解説入れてみました。読みやすくなっていたら良いのですが。(;´Д`)  話の最後にも花の名前の解説を入れてますが、間違ってる可能性大です。  雰囲気を味わってもらえたら嬉しいです。 ※完結しました。全41話。  お読みいただいた皆様に感謝です!(人´∀`).☆.。.:*・゚

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私の主治医さん - 二人と一匹物語 -

鏡野ゆう
ライト文芸
とある病院の救命救急で働いている東出先生の元に運び込まれた急患は何故か川で溺れていた一人と一匹でした。救命救急で働くお医者さんと患者さん、そして小さな子猫の二人と一匹の恋の小話。 【本編完結】【小話】 ※小説家になろうでも公開中※

元剣聖のスケルトンが追放された最弱美少女テイマーのテイムモンスターになって成り上がる

ゆる弥
ファンタジー
転生した体はなんと骨だった。 モンスターに転生してしまった俺は、たまたま助けたテイマーにテイムされる。 実は前世が剣聖の俺。 剣を持てば最強だ。 最弱テイマーにテイムされた最強のスケルトンとの成り上がり物語。

処理中です...