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三章 ナポリタンとワンピースと文字

三章 2

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 貴之は長い足を組んで「現金なやつ」と苦笑する。

 俺はいつからこんなに甘い人間になったんだ。

 そう考えてみるが、貴之は友人が少なすぎて、社会人になってからはプライベートで頼みごとをされた記憶がなかった。
 これでは、頼まれたら断れないたちだった、小学生の頃のようではないか。

「じゃあ、ナポリタンを作ってもらいたいです」
 しばらく考えていた美優がそう言った。

「日曜日はパパ……、父が家事をする日だったんです。母に休んでもらおうという意図だったんですけど、父は料理が本当に下手で。母は美味しいって嘘を言っていたけど、わたしはいつも文句を言っていました」

 美優は「わたしも美味しいって、パパに言ってあげたらよかったな」と独り言のようにつぶやく。

「そんな父の得意料理が、ナポリタンだったんです。ちなみに、ほかの料理よりましなだけで、麺はゆるゆるだし、ケチャップの味しかしませんでした。そんなナポリタンが、無性に食べたいです」
「子どもの頃の記憶って、結構、鮮明に残ってるよな」

 貴之も、ふと両親の思い出がよみがえることがある。それは当然、事故のあった中学一年の十二月で止まっている。もっと両親との思い出を作っていればよかったと考えることもあった。

「その父親の味を再現してほしいのか? 俺が作ると、普通に美味いと思うけど」
「貴之さんの美味しいナポリタンが食べたいです!」

 美優がビシッと手をあげた。
「はいはい、待ってろよ」
 貴之は立ち上がり、美優の頭にポンと手をのせてキッチンに向かう。

「あっ」
 後ろから声が聞こえて、貴之は足をとめる。

「どうした?」
「今の、もう一度してほしいです」

 美優は自分の頭に手をのせている。
 犬か。

 貴之がワシャワシャと頭をなでると、美優はきゃっきゃと喜んだ。髪が乱れるのは気にならないらしい。

「ナポリタンね」
 キッチンに立つと、貴之はスマートフォンで作り方を検索する。

 一人暮らしの長い貴之は、以前は自炊をしていた。ここ数年は効率主義になり出前が多くなったが、美味いと思った料理は余暇に再現することがある。つまり、料理はちょっとした趣味ともいえた。
 だから貴之にとって料理はそれほど苦ではなく、むしろ作り始めると凝る方だった。

「ナポリタンって、日本で創作された料理なのか」
 てっきり南イタリアの港町であるナポリが発祥地なのかと思っていた。レシピを調べたら雑学が身についてしまった。

 もともとナポリタンの麺は、アルデンテではなく柔らかめにするようだ。しかし、加減に失敗するとブヨブヨになりすぎて食感が悪くなる気がする。

 貴之は鍋で湯を沸かしながら、ニンニク、ニンジン、ピーマン、ベーコン、タマネギなどを手際よく刻んでいく。
 ソースに使う野菜を炒め、ホールトマトとケチャップをかけて煮詰めてナンプラーを入れると、威勢のいい音と共にナポリタンらしい匂いが漂った。

「うわあ、美味しそうです!」

 テーブルに完成品を運ぶと、美優は顔を輝かせた。いつの間にかコートを脱いでいて、パンツスタイルの白衣姿になっている。また着替えないで病院から出てきたのだ。

「ミュウ、それで食う気か」
「白衣ですか? はねないように食べるから大丈夫ですよ」
 初めて会った時にも思ったが、美優は案外、横着だ。

「麺類は気をつけていてもはねるんだよ」
 エプロンなんてものは貴之の家にはない。

「まだ食うな、ちょっと待ってろ」
 仕方がないと、貴之は寝室のクローゼットに向かった。
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