【完結】恋文が苦手な代筆屋のウラ事情~心を汲み取る手紙~

じゅん

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幕間二 美優の気持ち~思わず凸したウラ事情~

幕間二 2

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 ――エェ――――!?

 顔の傍に置いているスマートフォンのストラップから、驚いたように二体の地蔵が飛び出した。

 マスコットのような二頭身の地蔵。一体は頭にリボンがあり、もう一体には首にネクタイがある。

 ミュウパパとミュウママだ。

 両親が他界してから、美優は脳内で両親と会話をして、寂しさを紛らわせていた。
 何度も繰り返すうち、いつしか心の中で、父親と母親の疑似的な地蔵のマスコットができあがっていた。

 ――あの男、感じが悪かったじゃないか。どこに美優が好きになる要素があったんだ?
 ――あら、なかなかハンサムだったじゃない。
 ――外見か!

 ミュウパパとミュウママが会話する。

「違うよ。冷たい人かなって一瞬、悲しくなったんだけど、貴之さんはとても優しかった。なんだかんだ言って、一日付き合ってくれたでしょ」

 そうだ。貴之は名古屋にまで足を運ぶ必要はなかった。
 手紙を書き直すにしても、萌々香に電話をすれば済んだ話だ。美優が脅したとはいえ、貴之は本来、律儀なのだろうし、責任感だって強いのだろう。

「それに、貴之さんの手はすごく綺麗だった」
 ――手だと? 美優はマニアックだな。
 ――わたしもステキだと思ったわよ、貴之さんの手。
 ――好みは遺伝なのか。じゃあママは、オレの手が好きなんだな。
 ――パパの手は普通ね。
 ――ガーン!

 ミュウパパとミュウママのコントのようなやりとりを想像して、美優はクスクスと笑う。
 美優は、手紙の草案を書いている貴之の姿を思い出した。

 長い指先で万年筆を繰ると、サラサラと紙が擦れる気持ちのいい音とともに流麗な文字が生み出された。
 それは目にも耳にも心地よく、いつまでも見ていたいと思わせた。

「やっぱり貴之さんの字、好きだな……」
 ――なんだ、好きなのは字だけか。
 ――あなたったら野暮ねえ。そんなわけないでしょ。
 ――なにっ、けしからん!

 その貴之の長い指先が美優の唇に触れた感触を思い出し、また胸が高鳴った。
 会えると思っていなかった「彼」が現れたのだ。
 それだけで心がざわめくのに、ツンケンしながらも押しに弱く、ガタイがよくて口調は乱暴なのに、意外にも物腰が柔らかい。

 そんな貴之と一緒にいて、美優は楽しかった。
 それにチラホラと面倒見の良さも垣間見えた。

 絶対に貴之さんは、懐に入れた人を大事にするタイプだ!

 美優は一日でそう見抜いた。
 わたしも、そのなかに入れてもらいたい。
 美優は強く思う。

 けれど、そのハードルは高そうだ。
 貴之は美優の名前すら覚える気がなかった。強く押していなければ、美優の情報は貴之のスマートフォンに登録されていなかっただろう。

「そうだ、貴之さんにお礼のメールを送らなきゃ」
 美優がスマートフォンに手を伸ばすと、二体の地蔵が「待ちなさい」ととめた。

 ――美優、あなたウザがられているわよ。しばらく時間を置きなさい。
 ――今日はグイグイ行き過ぎたな。

 美優はグッと詰まる。
 当然、わかっている。ミュウパパ、ミュウママはその発言を含めて、美優が作り出した虚構なのだから。

 ――貴之さんは、力を借りたくなったら連絡をする、って言ってたでしょ。
 ――頭に「まあ」をつけていたがな。

 彼のどっちつかずの口癖だ。連絡が来るかは五分五分、むしろ来ない可能性のほうが高そうだ。

「もし連絡が来がこなかったら、いつまで待てばいいんだろうね……」
 今すぐにだって連絡したいのに。
 貴之は、美優の人生を取り戻してくれた恩人でもあるのだから。

 ――一か月は待つことね。恋は駆け引きが大事なのよ。
 ――おおっ、ママもオレに駆け引きを持ち込んでいたのか!
 ――パパはわたしにゾッコンだったから、なにもしてないわ。
 ――ガーン!

 本当は毎日でも電話をかけたいけれど、今日はこれだけ一緒にいたのだから、一か月くらいで貴之が美優を忘れることはないだろう。

 ……と、思いたい。

 美優は、うううっと呻きながら抱き枕に額を擦りつけた。
 これ以上嫌われてしまっては、友達にすらしてもらえなくなってしまう。
 本当は、恋人になりたいけれど――。

「なんてねっ!」

 美優は真っ赤になって、両手と両足で抱き枕をぎゅっとした。肩まである艶やかな黒髪が枕に広がる。
 化粧を落として赤いチェック柄の寝間着をまとった美優はますます幼く、まるで恋する女子中学生のようにも見える。

 美優は初めて恋をした。

 だから今日は、浮かれすぎてしまったようだ。
 ずっと胸のドキドキがおさまらなかった。

 これが、「好き」かあ。
 美優は、何度目かになる熱い息をはいた。
 グレている期間が長かったので、恋をしないまま、ここまできてしまった。
 もしくは。

 ずっと美優は、あの手紙に恋をしていたのかもしれない。

 美優はスマートフォンに目を向ける。
 ――さすがに今日はかかってこないわよ。
 ミュウママに指摘されて、「そうだよね」と美優は名残惜し気に視線をそらした。

「今日のわたしは、我儘すぎたよね。“あのころ”から、成長してないのかな? ママとパパみたいになりたいのに……」
 ――大丈夫よ美優、素敵なレディに成長しているわ。
 ――患者さんにも慕われているじゃないか。パパは鼻が高いぞ。

 ミュウパパとミュウママは美優を褒めたたえる。
 美優は涙をにじませた。
 わかっているのだ。
 これは両親にそう言われたいという、美優の願望だ。

 ――美優、もう寝なさい。「彼」に会えてよかったわね。
 ――おやすみ、美優。

 地蔵姿のミュウパパとミュウママが、スマートフォンのストラップに吸い込まれるように消えていく。

「パパ、ママ、おやすみなさい」

 美優は部屋の明かりを消すと、両親に優しく頭をなでられた感触を思い出しながら、濡れたまぶたを閉じた。
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