上 下
38 / 74
幕間二 美優の気持ち~思わず凸したウラ事情~

幕間二 1

しおりを挟む
「おはようございます!」

 看護師の新田美優は、元気なあいさつをしながら病室に入った。患者の検温や点滴の補充をする朝のラウンド中だ。美優は十名ほどの患者を担当している。

「ミュウちゃん、おはよう」
「節子さん、よくその手紙を見ていますね。お孫さんからって言っていましたよね」
「そうなんだけどね……」

 九十五歳になる節子は、露草色の便せんを手にしていた。孫からの手紙を読むにしては、浮かない顔だ。
 美優がどうかしたのかと尋ねると、節子に手紙を渡された。

「あの子らしくない手紙なのよ。萌々香はいま、就職活動中で忙しいらしいから、こちらから連絡するのも悪いし」

 手紙に視線を走らせた美優は、途中で動きをとめた。

「見舞いの手紙なら、こんなものかしら。気にしすぎかしらね……」
 そんな節子の声が美優を素通りしていく。

 ――「彼」の字だ。

 美優が恩人の字を見間違えるはずがない。脳裏にしっかりと焼きついているのだ。

「節子さん、この手紙、誰から届いたんですかっ?」
「だから、孫の萌々香よ」

 美優の勢いに少々たじろぎながら節子は答える。
 そうだ、何度も聞いたじゃないの。
 美優はぎゅっと目を閉じて、激しく脈打つ胸に手を当てた。

 この手紙は、大学四年生の三井萌々香から届いた手紙だ。「彼」は二十七歳の男性なのだから、同一人物なはずがない。

 でも、似ている。
 いや、似ているどころではない。同じ筆跡にしか見えない。

 ……もしかしたら、萌々香さんの字ではないのかも。

 美優はひらめいた。
 萌々香の知り合いに「彼」がいて、なんらかの理由で代わりに書いてもらったという可能性はないだろうか。

 美優は自分のひらめきに、確信めいたものを感じた。
 そうだ、そうに違いない!
「節子さん、萌々香さんの連絡先を教えてもらえませんか?」

 ――こうして美優は、代筆屋である氷藤貴之の存在を知った。

 八時過ぎに夜勤業務が終わると、早速「代筆屋」に電話をした。
 しかし、電話に出なかった。
 迷ったのは一瞬で、美優はタクシーに乗り込んだ。
 そして作戦を練る。

 節子は手紙の内容自体には不満はないようだった。意味のない言葉を通して、萌々香には別に言いたいことがあるのではないか、と心配しているだけだ。
 そうなると、節子と萌々香の問題で、代筆屋には関係がない。
 つまり、こうして美優が代筆屋に乗り込む理由がないのだ。

「よし、瑕疵を捏造しよう!」
 美優はクレーマーになることにした。

 あとから貴之に会うためには、単に代筆屋の客になればよかったのだと気づくが、すぐに「彼」に会いたいという気持ちが先走って思いつかなかった。

 相手の態度に合わせてクレームレベルを上げるつもりでいたが、あまりに貴之がビジネスライクだったため、想定の最高レベルに引き上げざるを得なかった。
 そうしなければ、すぐに事務所を追い出される。貴之といられないと考えたのだ。

 やっと会えた「彼」かもしれない人物だ。できるだけ長く時間を過ごして、どんな人なのか知りたかった。

 美優が粘れば粘るほど、貴之に煙たがられていくのはわかっていたが、そこで諦めては試合終了だ。スッポンのように噛みついて離さなかったから、文房具店まで一緒に回ることができたのだ。

 一日すごしたことで、貴之の人となりを知ることができた。
 美優が抱いた、貴之への感情は――

「好き」

 名古屋から戻って風呂で疲れを流したあと、抱き枕を抱きしめながらベッドに横たわった美優は、頬を染めながらホウッと吐息した。

 ――エェ――――!?

 顔の傍に置いているスマートフォンのストラップから、驚いたように二体の地蔵が飛び出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

峽(はざま)

黒蝶
ライト文芸
私には、誰にも言えない秘密がある。 どうなるのかなんて分からない。 そんな私の日常の物語。 ※病気に偏見をお持ちの方は読まないでください。 ※症状はあくまで一例です。 ※『*』の印がある話は若干の吸血表現があります。 ※読んだあと体調が悪くなられても責任は負いかねます。 自己責任でお読みください。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

雨の庭で来ぬ君を待つ【本編・その後 完結】

ライト文芸
《5/31 その後のお話の更新を始めました》 私は―― 気付けばずっと、孤独だった。 いつも心は寂しくて。その寂しさから目を逸らすように生きていた。 僕は―― 気付けばずっと、苦しい日々だった。 それでも、自分の人生を恨んだりはしなかった。恨んだところで、別の人生をやり直せるわけでもない。 そう思っていた。そう、思えていたはずだった――。 孤独な男女の、静かで哀しい出会いと関わり。 そこから生まれたのは、慰め? 居場所? それともーー。 "キミの孤独を利用したんだ" ※注意……暗いです。かつ、禁断要素ありです。 以前他サイトにて掲載しておりましたものを、修正しております。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

伊緒さんの食べものがたり

三條すずしろ
ライト文芸
いっしょだと、なんだっておいしいーー。 伊緒さんだって、たまにはインスタントで済ませたり、旅先の名物に舌鼓を打ったりもするのです……。 そんな「手作らず」な料理の数々も、今度のご飯の大事なヒント。 いっしょに食べると、なんだっておいしい! 『伊緒さんのお嫁ご飯』からほんの少し未来の、異なる時間軸のお話です。 「エブリスタ」「カクヨム」「すずしろブログ」にても公開中です。 『伊緒さんのお嫁ご飯〜番外・手作らず編〜』改題。

処理中です...