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二章 大切なものほど秘められる

二章 13

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「貴之さん、少し時間ありますか? そこのベンチに座りましょう」

 美優が誘ったのは、住宅街にある小さな公園だ。いかにも「一戸建てを造るには満たない余ったスペースです」といった、ベンチと植木しかない場所だった。

 二人は自動販売機で買った飲料水を片手に、ベンチに腰をおろした。建物の陰で直射日光は当たらないが、十月にしては温かい日和で心地よい気温だ。
 いつもの薄桃のコートを着た美優は、温かいミルクティのペットボトルを両手で包みながら貴之を見上げた。

「実はわたし、以前から貴之さんのことを知っていたんです」
 貴之は美優を見つめたまま、まばたきをとめた。

 予感はあった。

 だから、貴之の年齢を当てられたのだ。
 なにが「年齢を当てるのが得意」だ。ズルじゃないか。
 そう思いはしたが、その文句は飲み込んだ。それよりも。

「……俺たちは、会ったことがあるのか」

 いつ、どこで?
 三つ年齢が違うので、学校が重なることはない。大学か? いや、看護師の美優が貴之と同じ大学であるはずがない。

 人間関係の薄い自分なら、一度でも美優と会っていれば覚えているはずだと脳をフル回転させる。こんな美少女のような見た目なのだ。記憶に埋もれることはないだろう。

「いいえ、会ったのは渋谷の事務所が初めてです」

 貴之は脳内検索をやめて、美優を見下ろした。
 ならば、なぜ美優は自分を知っているのか。

「わたしは病室で、三井節子さん宛ての手紙を読ませてもらいました。その字に見覚えがあったんです」

 流れるような達筆で、しかし、一文字一文字が独立していて読みやすい。字の大きさは均等なのだが、ここぞという言葉は少しだけ太く大きくなる。

「記憶を探ることなく、すぐに誰の字か思い出しました。何度も眺めていたので、頭に焼き付いていましたから」
「何度も……」

 貴之のことを代筆屋だと知らず、その字を繰り返し読んでいるのなら。
 思い当たることは、一つしかなかった。

 ――貴之が雑誌に寄稿した、雉山トンネル炎上事故で亡くなった両親宛ての手紙だ。

「あの記事を読んだのか」

 美優はうなずいた。
 しかも、頭に焼き付けるほど何度も見ているのだとしたら……。

「わたしも、あの事故で両親を失いました」

 貴之は息をのんだ。

 やっぱりか、という思いと、まさかそんな、という思いが混ざり合った。
 貴之は両親を失ってから、どこか感情が鈍くなり、人間関係も希薄になった。
 自分で言うのもなんだが、性格も歪んでしまった気がする。

 それ以前の貴之は、どちらかといえば協調性のある素直な性格だったのだ。

 それなのに美優はどうだ。貴之と同じように両親を失っているのに、お節介すぎるほど行動的で、患者に慕われ、いつもニコニコと笑っている。

 貴之は美優を「能天気で悩みのない人間」だと決めつけていたが、貴之と同じ状況だったのだ。
 
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