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二章 大切なものほど秘められる

二章 7

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 美優と貴之がそんなやりとりをしていると、呼び鈴が鳴った。時刻は十三時五十分。依頼人だろう。

「失礼します」

 部屋に入った上杉徹也が軽く頭を下げた。
 すっきりと額を出した髪型と、口と顎に蓄えた髭がワイルドな印象を与える。五十四歳にしては白髪が多いが、若作りをしない自然なグレーヘアが逆に魅力になっていた。

「どうぞ、かけてください」

 貴之はコートを預かって徹也をソファに促した。美優はホットコーヒーとフィナンシェをテーブルに並べてから、貴之の隣りに座る。

「ご依頼の内容は、銀婚式の祝いに指輪を贈るのと一緒に、感謝を伝えるための手紙ですね。サプライズでお渡ししたいと」

 簡単にあいさつを済ませてから、貴之はテーブルに置いたノートパソコンを見ながら口を開いた。いつものように相手に許可をもらって、ICレコーダーを回す。

「結婚して二十五年、妻として母として、本当によく頑張ってくれました。お互い働いているのですが、私は家事も育児も妻に任せきりでした。妻は小言一つ言ったことはありません。十年ほど前までは、それを当たり前のように享受していました。今の時代では考えられませんね」

 徹也は苦笑いを浮かべるが、その表情は感謝に溢れていることが貴之にもわかった。

「子供は二人とも家を出ました。今までは仕事と家事で手いっぱいだった妻は、時間に余裕ができたからと趣味を探し始めたのですが、結局、私の趣味であるドライブに同行するようになりました」

 徹也は若いころから車が好きだった。手入れが大変なマニュアルの外車を愛用しており、カスタマイズにも凝っていると話す。

 運転をするのも大好きで、夜にぶらりと車を走らせたり、休日には一日かけて一人で遠出をすることもあった。休憩がてらにレストランで美味しい食事を食べることもあるが、それはあくまでドライブのついでだ。

 徹也は妻の冴子に「せっかく自由な時間ができたんだから、自分の好きなことをすればいい」と言ったのだが、「今まで一緒にいる時間が少なかった分、同じ時間を共有したいの」と返された。

「愛されているなと思いましてね。自分でしたためようともしたのですが、思うように感謝をかたちにできず、代筆をお願いした次第です」

 照れくさそうに徹也は右手でこめかみをかいた。

「お二人の思い出の場所はありますか?」

 貴之が尋ねると、徹也はコーヒーを飲みながら「そうですねえ」と考える様子を見せた。

「お互いに忙しくて、あまり旅行などにも行けなかったものですから。最近行った箱根のスカイラインですかね。峠の休憩所で、富士山を眺めながら妻の手作り弁当を食べました」
「一番、感謝をしている出来事を教えてください」

 この問いに徹也はしばし動きをとめた。膝の上にのせている左手がピクリと動く。

「……私の妻で居続けてくれたことでしょうか。とはいえ、蓄積ですからね。すべてです」

 徹也は静かに答えた。

 それからも夫婦の思い出話や、盛り込みたい文言はないかと貴之は尋ねていった。
 今日は静かだなと、貴之は視線だけでチラリと美優を見た。

 美優はコーヒーを飲みながら、黙って二人のやりとりを聞いていた。今回は貴之の発言に、気になるところはないということだろうか。

 貴之が内心安堵していると、とうとう美優が動きだした。
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