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一章 キライをスキになる方法

一章 18

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 こいつ、また距離を詰めて来やがった。
 貴之は得体の知れない生き物のように美優を見た。

 ここまで「グイグイ」ではなかったにせよ、学生時代にクラスに一人はいたよな、こんなやつ。
 自分とは正反対の人間だと貴之は思った。

「どうぞ、ご自由に」
 品川駅に着くまでの辛抱だ。あと何分だ?

 美優が「やった!」と喜んでいる間に、のぞみは品川駅のホームに滑り込んだ。
「東京に戻ってきましたねっ」
 ホームに降りると、美優は伸びをした。

「あっ! 貴之さん見てくださいっ」
 美優は早速、貴之を名前で呼んだ。

「なんだ?」
「ドクターイエローです! 初めて見ました!」

 美優の指を追うと、ホームに入ってきた真っ黄色の車両が停車するところだった。貴之も実際に見るのは初めてだ。

「わあっ、今日は遭遇できる予感がしていたんです。とても運がいい日ですから」

 俺は面倒なのに付きまとわれて、運が悪かったけどな、と貴之はこっそり悪態をついた。もしや、美優に運を吸われたのではないか。ドクターイエローの力で、これからいいことがあると信じたい。

 とはいえ、怠慢になりつつあった仕事を見直すきっかけにはなったか、と思い直す。一日潰してしまったが、ポジティブにとらえよう。

「よかったな。じゃあ」
 貴之は美優に背を向けて別れようとする。

「ちょっと待ってください、貴之さん」
 貴之は腕を掴まれた。

「なんだ」
 まだ、なにかあるのだろうか。

「この時間なら、まだ間に合いますよ」
「なにに?」
「文房具店ですよ。節子さんは明るい緑が好きだって言っていたじゃないですか。レターセットを買いに行きましょう。付き合いますから」

 美優はラウンジでのやりとりを覚えていたようだ。

「……いや、明日ひとりで行く。おまえも疲れてるだろ」
「ちゃんとミュウと呼んでください」
「うん、ミュウだったな」

 この底知れない体力と気力と押しつけがましさは、どこから来るのだろうか。逆らっても、激流を水鉄砲で押し返そうとするくらい無駄な行為のような気がしてきた。

「そう言って貴之さんは、新しいレターセットを買わないつもりなんでしょ。今日できることは今日しましょう、先送りをすると面倒になりますよ。さあさあ」

 貴之は背中を押された。
 ああもう、まだ今日は終わらないのか。

「貴之さん、これからは依頼者の話を直接聞くようにするんですか? 電話ではなくて」
「まあ、一応なあ」

 名古屋ではそんな気分になったが、まだはっきりとは決めていない。
 貴之はわざと後ろに体重をかけてやった。華奢な美優は貴之を押せなくなって苦戦している。

「ほら出た、『まあ』。どっちつかずの時の口癖ですよ。……うう、重い」

 貴之は口を押えた。
 これが口癖だったのか。気をつけよう。

「絶対に会って話した方がいいですよ。貴之さんはデリカシーがなくて心配ですから、次もわたしが同行してもいいですよ。連絡をくださいね」
「いやいや、おまえも仕事があるだろう」

 ミュウです、とバカ丁寧に美優は繰り返した。
「なんとかします。今日だって、わたしがいたから上手くいったんじゃないですか」

 そんなことは……、なくはないかもしれないが。今までだって一人でやっていたのだ。依頼者の話を聞くのに、二人もいらない。

「ちゃんと連絡をくださいね。そうだ、念のために今、ワン切りします。ちゃんとわたしの番号を登録してください」

 美優は貴之の背中を押すのを諦めて隣りに並んだ。操作するスマートフォンからは地蔵のストラップが揺れている。

「まあ……、いや。力を借りたくなったら連絡をする」
 口癖は簡単に直りそうもない。

「はい、待ってます」
 美優はにっこりと微笑んだ。

「さあ、レターセットを買いに行きましょう! ペンは買わないんですか? あっ、キラキラのシールとか手紙に貼ったら可愛くないですか?」
「だから、来なくていいと言ってるだろ」

 季節を先取りしすぎたコートを着る美優に急かされて、貴之は文房具店に向かった。

 随所で美優が気になる発言をしていたのが引っかかっていたのだが、勢いに流されて、貴之はすっかり聞きそびれていた。
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