【完結】恋文が苦手な代筆屋のウラ事情~心を汲み取る手紙~

じゅん

文字の大きさ
上 下
15 / 74
一章 キライをスキになる方法

一章 14

しおりを挟む
「指が、唇に触れました……」
「なにか言ったか?」
「いいえ! これ美味しいですね。もう一つください」
「全部やる」

 小ぶりなチョコレートが二つ入っている皿ごと美優に押しやった。
 美優はなぜか残念そうな表情になったが、気を取り直したように身体ごと貴之に向けた。

「お仕事も終わったことですし、次は名古屋城に行きましょう!」

 美優は拳を握って、さも決定事項のように元気に貴之を誘った。貴之は美優を見たまま絶句する。
 そんな貴之を尻目に、美優は身を乗り出した。

「萌々香さん、お城まで歩けます?」
「歩けなくはないけど……、三十分はかかりますよ。電車なら十五分くらいです。案内しましょうか?」
「いいんですか? 地元のかたが来てくれるなら心強いです。ねっ、氷藤さん」
「彼女がついて来てくれるなら、それでいいじゃないか。俺は帰る」
「えっ、どうしてですか?」

 美優は目を大きく見開いた。
 その様子に、貴之は二の句が継げなくなる。

 断るのに理由が必要なのだろうか。「行きたくないから」ではダメなのか。そのほうがむしろ驚きだ。

 貴之は学生時代から人付き合いがいい方ではなかった。愛想だってよくはない。仕事の不備を突かれたとはいえ、名古屋まで来ることになるなんて、貴之にとってはあり得ない事態だった。

「じゃあ、わたしが氷藤さんの年齢を当てたら来てください。時間はあるんですから、いいですよね?」

 貴之は「こいつめ」と三度思う。
 そして、やれやれと吐息した。

 暇人扱いをする言い方は気にくわないが、それは大目に見るとして。
 貴之は本名で仕事をしているが、年齢を公開したことはなかった。もし事前に美優が貴之のことをインターネットで検索していたとしても、知るはずがない。

 貴之の身長は百八十六センチで、大抵の人を見下ろすことになる。自身は年相応の容姿だと思っているが、切れ長の鋭い瞳と相まって迫力が増すらしく、実年齢以上に見られることが多かった。

 つまり、美優が貴之の年齢を当てる可能性は低い。

「まあ、いいだろう。外れたら即、帰るからな」
 貴之は承諾した。

「ふふふ、引っかかりましたね。わたしは人の年齢を当てるのが得意なんです。萌々香さんは、氷藤さんがいくつに見えますか?」
「えっと……、三十歳くらいですか?」

 萌々香は少し考えてから、遠慮がちに言った。思いついた年齢よりも若く言ったに違いない。

「萌々香さん、惜しい! 氷藤さんの年齢は二十七歳です。ね、氷藤さん」

 貴之は瞠目した。
 合っている。

「なぜ、わかったんだ?」
 美優は満面の笑みを浮かべた。

「やっぱりそうですよね、よかった!」
「よかった?」

 当たるかどうか、五分五分だったのか。

「いえ、こちらのことです。わたしは年齢当てが得意なんですって。老け顔だから外れると思ったんでしょ? 残念でした。さ、お城に行きましょう!」
「老け顔……」

 デリカシーがないのはどっちなんだ。
 貴之は眉間のしわを深めた。

 結局、貴之は美優に引きずられて、名古屋城のあとに、ひつまぶしと味噌煮込みうどんの店を梯子することになった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

元剣聖のスケルトンが追放された最弱美少女テイマーのテイムモンスターになって成り上がる

ゆる弥
ファンタジー
転生した体はなんと骨だった。 モンスターに転生してしまった俺は、たまたま助けたテイマーにテイムされる。 実は前世が剣聖の俺。 剣を持てば最強だ。 最弱テイマーにテイムされた最強のスケルトンとの成り上がり物語。

八月の魔女

いちい汐
ライト文芸
八月一日結《ほずみ ゆい》。17歳。 八月一日と書いて『ほずみ』と読む。 名字も珍しいけど、実は魔女です。 第2回ライト文芸大賞「優秀賞」受賞致しました。ありがとうございます! 高二の結は進路に悩んでいた。 進路志望調査は未だ白紙のまま夏休みに突入し、結は祖母の暮らす田舎へと旅立つ。 祖母で魔女のセツの元で魔女の修行をするために――。 そこで出会ったのは大学生の慧《けい》。 なにやらワケアリ? 懐かしくも美しい田園風景。 魔法、妖精、それに幽霊?! 様々な人たちと出会い、やがて結は自分の未来を見つけていく。 ※ブラウザで読みやすいよう次下げをせず、改行や空行を多く取り入れています。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

有涯おわすれもの市

竹原 穂
ライト文芸
 突然未亡人になり、家や仕事を追われた30歳の日置志穂(ひおき・しほ)は、10年ぶりに帰ってきた故郷の商店街で『有涯おわすれもの市』と看板の掲げられた店に引き寄せられる。  そこは、『有涯(うがい)……生まれてから死ぬまで』の中で、人々が忘れてしまったものが詰まる市場だった。  訪れる資格があるのは死人のみ。  生きながらにして市にたどり着いてしまった志穂は、店主代理の高校生、有涯ハツカに気に入られてしばらく『有涯おわすれもの市』の手伝いをすることになる。 「もしかしたら、志穂さん自身が誰かの御忘物なのかもしれないね。ここで待ってたら、誰かが取りに来てくれるかもしれないよ。たとえば、亡くなった旦那さんとかさ」    あなたの人生、なにか、おわすれもの、していませんか?  限りある生涯、果てのある人生、この世の中で忘れてしまったものを、御忘物市まで取りにきてください。  不登校の金髪女子高生と30歳の薄幸未亡人。  二人が見つめる、有涯の御忘物。 登場人物 ■日置志穂(ひおき・しほ) 30歳の未亡人。職なし家なし家族なし。 ■有涯ハツカ(うがい・はつか) 不登校の女子高生。金髪は生まれつき。 有涯御忘物市店主代理 ■有涯ナユタ(うがい・なゆた) ハツカの祖母。店主代理補佐。 かつての店主だった。現在は現役を退いている。 ■日置一志(ひおき・かずし) 故人。志穂の夫だった。 表紙はあままつさん(@ama_mt_)のフリーアイコンをお借りしました。ありがとうございます。 「第4回ほっこり・じんわり大賞」にて奨励賞をいただきました! ありがとうございます!

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

処理中です...