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一章 キライをスキになる方法
一章 9
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「以前、お話したことと変わらないんですけどね」
萌々香は思い出すように、ゆっくりと話し出した。
「中学生になるまでは毎年、夏休みに東京にある父の実家に親戚一同集まっていたんです。父は末っ子なうえに、私は遅くできた子供だったので、いとこたちと年齢が合わなくて仲間に入れてもらえませんでした。両親は親戚との付き合いで忙しいし、私は一人で淋しい思いをしていました。そんな時、おばあちゃんが相手をしてくれたのが凄く嬉しくて」
萌々香は目を細めて微笑んだ。
「中学からは夏休み恒例の親戚の集まりに行かなくなりましたが、淋しかったり苦しかったりした時にはおばあちゃんを思い出して、電話をして励ましてもらっていました。だから今回、入院してしまったおばあちゃんを私が励ましたかったんです」
節子はくも膜下出血で倒れ、長期のリハビリ入院中だ。幸い軽度で後遺症は残らないと診断されている。
「入院している人に、頑張って、とか、大丈夫だよ、とか言っちゃいけないって言うじゃないですか。調べたら、“消える”とか“枯れる”とかのネガティブな言葉もダメらしいし、“ますます”とか“たびたび”とかの繰り返し言葉は、次もまた入院するみたいな印象を与えると書いてあって。こんなにたくさん使ってはいけない言葉があったら、電話をしたらNGワードを口走っちゃいそうでできなかったんです。じゃあ手紙にしようと思ったら、どう書けばいいのかわからなくて、それで代筆屋さんにお願いしました」
そうだ、こんな内容を電話で聞いたのだ。特に新しい情報はない。このほかには家族構成などを尋ね、節子の夫が亡くなっていることを知った。
「この内容を手紙にしたら、ああいう感じになるだろ」
どうだと言わんばかりに、貴之は隣りにいる美優を見た。
その視線を無視して、運ばれてきたロイヤルミルクティーに口をつけながら、美優は萌々香に顔を向けた。
貴之は内心、「こいつめ」と思う。
「萌々香さん、氷藤さんの草案は、どんなところが足りないと思ったんですか?」
「はっきり、ここを変えたいというところは思いつかなくて。ただ、なにか違う、としか……」
萌々香は首をひねる。美優が指摘した“天寿”のあたりは引っかかっていなかったようだ。だからこそ、貴之に進めてよいと許可したのだろう。
「萌々香さん、さっき節子さんが相手をしてくれたのが嬉しかったと言っていましたけど、どんなことをしてもらったんですか?」
美優の言葉に、貴之は眉をしかめた。
おいおい、そんなことを聞いてどうするんだよ。
目で訴えるが、やはり美優は貴之を見もしない。視界の端に映っているはずなのだが。
「おばあちゃんの家庭菜園で、もぎたてのトマトを食べさせてもらったり、あと土遊びもしました。こうして、土に字を書くんです」
萌々香はテーブルに「あ」と指先で書いた。
「一センチくらいの深さでしょうか、土の硬め部分まで石や枝を使って字を書いて、書き終わったらその上に乾いたサラサラな土をかぶせます。すると、字が隠れますよね。そこまで相手に見えないように作業します」
それから相手は地面に優しく触れて、柔らかい砂だけを排除し、どんな字が書かれたのか当てる遊びだという。
「一文字から始めて、慣れてくると文字数を増やしました。するとおばあちゃんは、こんなメッセージを書きました」
――キライを スキになる ほうほう
「嫌いを好きになる方法、ですか? へえ、気になりますっ」
美優は前のめりになった。
萌々香は思い出すように、ゆっくりと話し出した。
「中学生になるまでは毎年、夏休みに東京にある父の実家に親戚一同集まっていたんです。父は末っ子なうえに、私は遅くできた子供だったので、いとこたちと年齢が合わなくて仲間に入れてもらえませんでした。両親は親戚との付き合いで忙しいし、私は一人で淋しい思いをしていました。そんな時、おばあちゃんが相手をしてくれたのが凄く嬉しくて」
萌々香は目を細めて微笑んだ。
「中学からは夏休み恒例の親戚の集まりに行かなくなりましたが、淋しかったり苦しかったりした時にはおばあちゃんを思い出して、電話をして励ましてもらっていました。だから今回、入院してしまったおばあちゃんを私が励ましたかったんです」
節子はくも膜下出血で倒れ、長期のリハビリ入院中だ。幸い軽度で後遺症は残らないと診断されている。
「入院している人に、頑張って、とか、大丈夫だよ、とか言っちゃいけないって言うじゃないですか。調べたら、“消える”とか“枯れる”とかのネガティブな言葉もダメらしいし、“ますます”とか“たびたび”とかの繰り返し言葉は、次もまた入院するみたいな印象を与えると書いてあって。こんなにたくさん使ってはいけない言葉があったら、電話をしたらNGワードを口走っちゃいそうでできなかったんです。じゃあ手紙にしようと思ったら、どう書けばいいのかわからなくて、それで代筆屋さんにお願いしました」
そうだ、こんな内容を電話で聞いたのだ。特に新しい情報はない。このほかには家族構成などを尋ね、節子の夫が亡くなっていることを知った。
「この内容を手紙にしたら、ああいう感じになるだろ」
どうだと言わんばかりに、貴之は隣りにいる美優を見た。
その視線を無視して、運ばれてきたロイヤルミルクティーに口をつけながら、美優は萌々香に顔を向けた。
貴之は内心、「こいつめ」と思う。
「萌々香さん、氷藤さんの草案は、どんなところが足りないと思ったんですか?」
「はっきり、ここを変えたいというところは思いつかなくて。ただ、なにか違う、としか……」
萌々香は首をひねる。美優が指摘した“天寿”のあたりは引っかかっていなかったようだ。だからこそ、貴之に進めてよいと許可したのだろう。
「萌々香さん、さっき節子さんが相手をしてくれたのが嬉しかったと言っていましたけど、どんなことをしてもらったんですか?」
美優の言葉に、貴之は眉をしかめた。
おいおい、そんなことを聞いてどうするんだよ。
目で訴えるが、やはり美優は貴之を見もしない。視界の端に映っているはずなのだが。
「おばあちゃんの家庭菜園で、もぎたてのトマトを食べさせてもらったり、あと土遊びもしました。こうして、土に字を書くんです」
萌々香はテーブルに「あ」と指先で書いた。
「一センチくらいの深さでしょうか、土の硬め部分まで石や枝を使って字を書いて、書き終わったらその上に乾いたサラサラな土をかぶせます。すると、字が隠れますよね。そこまで相手に見えないように作業します」
それから相手は地面に優しく触れて、柔らかい砂だけを排除し、どんな字が書かれたのか当てる遊びだという。
「一文字から始めて、慣れてくると文字数を増やしました。するとおばあちゃんは、こんなメッセージを書きました」
――キライを スキになる ほうほう
「嫌いを好きになる方法、ですか? へえ、気になりますっ」
美優は前のめりになった。
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