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四章 雨降り小僧と狐の嫁入り
四章 5
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「ウジウジしたところが前から大嫌いだったんだ!」
翔太は走り去った。
白銀は一歩も動けず、その場に崩れた。
翔太に嫌われた。
前から大嫌いだと言われてしまった。
白銀はどうしていいかわからなかった。なんとかして、また翔太と遊びたかった。
翔太に会いに行く勇気はなく、とはいえ翔太が気になって仕方がない。
翔太の様子を見ていると、学校の友達と仲良く遊んでいた。
自分に向けていたのと同じ笑顔だ。
翔太は今年、小学四年生になった。早い子供ならば将来を見据えて動きだす年齢かもしれない。
つまり翔太にとって、白銀は不要な存在になったのだろう。
「翔太……」
突然の別れに、白銀は心の整理ができなかった。
悲しくて悲しくて涙が止まらなくなった。
――そして日本列島に雨が降り続くことになる。
* * *
虹色の瞳から涙を流しながら白銀は語り終えた。
「人間の子供ってのは気まぐれだからなあ」
膝に白銀をのせている蘇芳はぼやいた。手に持っているのは結局ギムレットだ。不本意な酒を提供するバーになぜ通ってくるのだろうかと毬瑠子は疑問に思う。あやかしのバーはほかにないのだろうか。
「白銀、ボクでよかったら友達になるにゃ」
隣りの席からクロが白銀の顔を覗き込んだ。
「翔太じゃないとイヤだ」
白銀は首を振る。クロはショックを受けた表情になり、しょんぼりと耳としっぽをたらした。
「突然絶交された。前日には特に揉めごとがあったわけではない。だとしたら、前日に白銀と別れてから翌日に会うまでの間に、翔太が心変わりをするなにかがあったのでしょう」
マルセルは赤ワインを飲みながら言った。そのワインは蘇芳のおごりだ。
「なにかって?」
白銀が尋ねる。
「おそらく、このまま雨降り小僧と関わってはいけないと、誰かに吹き込まれたのでしょう」
「元々翔太はぼくがあやかしだってことを知っているし、ぼくは悪いあやかしじゃないよ」
神に近い雨降り小僧に悪評が立つわけがない。
「そればかりは、本人に聞くしかありませんね」
そう言ったマルセルにみなの視線が集まった。
「わかっていますよ。明日、翔太に会いに行きます。善処すると言ったでしょう」
マルセルは肩をすくめながら、金色の前髪をかき上げた。
「毬瑠子も来てくださいね、時間はあなたに合わせます」
「えっ……」
またもや巻き込まれてしまった。
そう思いはしたが、こうしてマルセルとバーにいるのも、一緒に外出するのも、毬瑠子は心地よくなっていた。
雨降り小僧はその日、マルセルの家に宿泊することになった。
翌日。
講義が午前しかなかったため、毬瑠子は午後に翔太の家の最寄り駅でマルセルと待ち合わせた。
大学の最寄り駅から電車で一時間ほどの場所にあり、ベッドタウンのランキングに挙がるような利便性のいい人気の街だ。駅周辺は大型デパートなどで賑わっているが、中心部から少し離れると自然があふれる。
「こんにちは毬瑠子。髪をアップにするのは珍しいですね。とても似合っています」
改札から出てきた毬瑠子をすかさずマルセルは褒めた。これだから身だしなみに気を抜けない。
マルセルは毬瑠子の持つ教科書が入った重い鞄や傘をさりげなく持ち、エスコートをしてくる。周囲がざわざわとしているのに気づいて振り返ると、二人はずいぶんと注目されていた。
原因は、もちろんマルセルだ。
服装はバーにいるときと同じ欧州貴族風の格好だ。絵に描いたような美貌の貴公子が駅に現れたら、ざわめくに決まっている。これで何度目だろうか。本人は慣れているようだが、毬瑠子は視線が気になって仕方がない。
「駅から少し離れているようです。雨ですし、タクシーを使いましょうか」
車を十分ほど走らせた住宅街に翔太の家はあった。二階建ての一軒家だ。
家の呼び鈴を押下するが、中から人が動く気配はない。
「留守みたい」
スマートフォンで時間を確認すると十五時三十分をすぎている。小学校はとっくに終わっているだろう。
「困ったな。帰ってくるまでここで待ちますか?」
毬瑠子が頭一つ分ほど高い位置にあるマルセルを見上げる。
「彼らがよく遊んでいたという公園に行きましょう。白銀から場所を聞いています」
二人は傘をさして公園に向かった。天候は最近の中では小雨のほうだ。
その公園は翔太の家のすぐ近くにあった。滑り台、ブランコ、砂場、鉄棒などがある、住宅に囲まれた周辺住人の憩いの場だ。
しとしとと雨の降る公園に、黄色っぽい人影があった。
近づくと、黄色と黄緑色が混じった水玉模様の鮮やかなレインコートを着た、スポーツ刈りの少年だとわかる。白銀とお揃いのレインコートを着ているこの少年が翔太だろう。
翔太は走り去った。
白銀は一歩も動けず、その場に崩れた。
翔太に嫌われた。
前から大嫌いだと言われてしまった。
白銀はどうしていいかわからなかった。なんとかして、また翔太と遊びたかった。
翔太に会いに行く勇気はなく、とはいえ翔太が気になって仕方がない。
翔太の様子を見ていると、学校の友達と仲良く遊んでいた。
自分に向けていたのと同じ笑顔だ。
翔太は今年、小学四年生になった。早い子供ならば将来を見据えて動きだす年齢かもしれない。
つまり翔太にとって、白銀は不要な存在になったのだろう。
「翔太……」
突然の別れに、白銀は心の整理ができなかった。
悲しくて悲しくて涙が止まらなくなった。
――そして日本列島に雨が降り続くことになる。
* * *
虹色の瞳から涙を流しながら白銀は語り終えた。
「人間の子供ってのは気まぐれだからなあ」
膝に白銀をのせている蘇芳はぼやいた。手に持っているのは結局ギムレットだ。不本意な酒を提供するバーになぜ通ってくるのだろうかと毬瑠子は疑問に思う。あやかしのバーはほかにないのだろうか。
「白銀、ボクでよかったら友達になるにゃ」
隣りの席からクロが白銀の顔を覗き込んだ。
「翔太じゃないとイヤだ」
白銀は首を振る。クロはショックを受けた表情になり、しょんぼりと耳としっぽをたらした。
「突然絶交された。前日には特に揉めごとがあったわけではない。だとしたら、前日に白銀と別れてから翌日に会うまでの間に、翔太が心変わりをするなにかがあったのでしょう」
マルセルは赤ワインを飲みながら言った。そのワインは蘇芳のおごりだ。
「なにかって?」
白銀が尋ねる。
「おそらく、このまま雨降り小僧と関わってはいけないと、誰かに吹き込まれたのでしょう」
「元々翔太はぼくがあやかしだってことを知っているし、ぼくは悪いあやかしじゃないよ」
神に近い雨降り小僧に悪評が立つわけがない。
「そればかりは、本人に聞くしかありませんね」
そう言ったマルセルにみなの視線が集まった。
「わかっていますよ。明日、翔太に会いに行きます。善処すると言ったでしょう」
マルセルは肩をすくめながら、金色の前髪をかき上げた。
「毬瑠子も来てくださいね、時間はあなたに合わせます」
「えっ……」
またもや巻き込まれてしまった。
そう思いはしたが、こうしてマルセルとバーにいるのも、一緒に外出するのも、毬瑠子は心地よくなっていた。
雨降り小僧はその日、マルセルの家に宿泊することになった。
翌日。
講義が午前しかなかったため、毬瑠子は午後に翔太の家の最寄り駅でマルセルと待ち合わせた。
大学の最寄り駅から電車で一時間ほどの場所にあり、ベッドタウンのランキングに挙がるような利便性のいい人気の街だ。駅周辺は大型デパートなどで賑わっているが、中心部から少し離れると自然があふれる。
「こんにちは毬瑠子。髪をアップにするのは珍しいですね。とても似合っています」
改札から出てきた毬瑠子をすかさずマルセルは褒めた。これだから身だしなみに気を抜けない。
マルセルは毬瑠子の持つ教科書が入った重い鞄や傘をさりげなく持ち、エスコートをしてくる。周囲がざわざわとしているのに気づいて振り返ると、二人はずいぶんと注目されていた。
原因は、もちろんマルセルだ。
服装はバーにいるときと同じ欧州貴族風の格好だ。絵に描いたような美貌の貴公子が駅に現れたら、ざわめくに決まっている。これで何度目だろうか。本人は慣れているようだが、毬瑠子は視線が気になって仕方がない。
「駅から少し離れているようです。雨ですし、タクシーを使いましょうか」
車を十分ほど走らせた住宅街に翔太の家はあった。二階建ての一軒家だ。
家の呼び鈴を押下するが、中から人が動く気配はない。
「留守みたい」
スマートフォンで時間を確認すると十五時三十分をすぎている。小学校はとっくに終わっているだろう。
「困ったな。帰ってくるまでここで待ちますか?」
毬瑠子が頭一つ分ほど高い位置にあるマルセルを見上げる。
「彼らがよく遊んでいたという公園に行きましょう。白銀から場所を聞いています」
二人は傘をさして公園に向かった。天候は最近の中では小雨のほうだ。
その公園は翔太の家のすぐ近くにあった。滑り台、ブランコ、砂場、鉄棒などがある、住宅に囲まれた周辺住人の憩いの場だ。
しとしとと雨の降る公園に、黄色っぽい人影があった。
近づくと、黄色と黄緑色が混じった水玉模様の鮮やかなレインコートを着た、スポーツ刈りの少年だとわかる。白銀とお揃いのレインコートを着ているこの少年が翔太だろう。
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