上 下
21 / 44
二章 引きこもりの鬼

二章 9

しおりを挟む
「これを、食べるのか」
 青藍は困惑している様子だが、クロは「いただきます」と言ってさっそく粥を口に運んでいる。
「美味しいにゃ。毬瑠子は料理上手にゃ」
 クロは元気よくしっぽを振った。その姿は微笑ましく、毬瑠子は「ありがとう」と礼を言う。
「ダメだ、苦しくなってきた」
 青藍は口元を押さえてカウンターから椅子ごと下がる。湯気が顔に当たるだけでもつらいようだ。
「青藍さん、薬だと思って食べて。噛まなくていいから飲み込んで!」
 小豆粥など意味があるのかと半信半疑だったが、青藍の様子から効果がありそうだと期待が高まってきた。
 食べやすいようにと固めに粥を作ったが、小豆汁と出汁で味を調えて、飲み込みやすくした粥を椀によそって青藍の前に置いた。火傷しないよう温度も下げている。
「ここまでしてもらって、食べないわけにはいかないな」
 青藍は覚悟を決めたように椀を持つ。額に冷汗を浮かべながらも、きつく目をつむって一気に粥を喉の奥に流し込んだ。
「うう……っ」
 青藍は口を押えて呻いた。カウンターを血管が浮くほど強く握っている。
「青藍さんっ」
 心配になった毬瑠子はカウンターから飛び出して青藍の背中を擦った。クロも小さな手で毬瑠子と同じようにする。
「大丈夫?」
「痛い……、身体が裂けそうだ」
 青藍は荒い息を繰り返している。
 しばらくすると青藍の背中に変化があった。
 着物越しに凹凸を感じる。なにかが背中でうごめいている。
「……っ」
 毬瑠子は顔をしかめた。しかし背中を擦る手を止めることはなかった。
「頑張って、青藍さん」
 その凹凸はだんだんと大きくなり、そしてとうとう青藍の背中から飛び出した。
「きゃっ」
「にゃにゃっ」
 毬瑠子とクロは驚いて、擦っていた手を引っ込める。
「なんだ、これは」
 苦しさに生理的な涙を浮かべている青藍も、それを見て驚愕した。
 青藍から出てきたのは、白い衣を着た老人だった。
 頭は禿げ上がり、顎には白いひげをたくわえ、小柄で貧相な体つきをしていた。
「やはり疫神でしたか」
 マルセルは落ち着いた様子で赤ワインに口づけた。
「疫神って、疫病神と同じ? 人に災いとか病気をもたらすという」
 毬瑠子に「そうですね」とマルセルはうなずいた。
「でも疫病神って家につくんじゃないの?」
 家どころか、疫神がついたのは人ですらない。あやかしがあやかしにつくなんて聞いたことがなかった。
「なんてことをするんじゃ! この鬼は居心地がよかったのに、こんなおいぼれを追い出すなんて、ひどいと思わんのか」
 疫神は憤っている。
「なぜ青藍さんについていたの?」
 毬瑠子が問うと、疫神は腕を組んだ。
「この鬼はいわれのない罪で人々に責められて、生気が抜けて弱っていたんじゃ。すっかりふさぎ込んで悪いほう悪いほうにと思考を巡らすでな。ワシの住処に適しておった」
 疫神はひげをさすった。
「青藍さんを匿った家が土砂にあったのを含めて、青藍さんの周囲の人が不幸な目にあったのは、あなたのせいなのね」
「そうじゃな」
 厄神はうなずいた。
「オレ自身が厄の原因ではなかったのか」
 青藍はまさに憑き物が落ちたような、安堵の表情になった。
「娘、ワシを悪者のように扱わないでおくれ。これが生まれながらのワシの性、役割というものよ」
 疫神は悪びれずに言った。
「さあ鬼よ、この店を出てワシを受け入れておくれ。山に帰ろう」
 疫神が触れようとするのを、青藍は腕を振って払った。
「いやだ」
「なぜだ」
「もう、一人はいやだ」
 青藍はつらそうに顔をしかめて視線を落とした。
「わかるにゃ。ボクもおばあちゃんに会うまではずっと一人だったにゃ。淋しかったにゃ」
 クロが青藍に寄り添った。
「これからボクたちは仲間にゃ」
「仲間……」
 青藍はクロの大きな瞳をみつめた。クロは満面の笑みを浮かべてうなずいた。首の鈴がチリンと鳴る。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「お節介鬼神とタヌキ娘のほっこり喫茶店~お疲れ心にお茶を一杯~」

GOM
キャラ文芸
  ここは四国のど真ん中、お大師様の力に守られた地。  そこに住まう、お節介焼きなあやかし達と人々の物語。  GOMがお送りします地元ファンタジー物語。  アルファポリス初登場です。 イラスト:鷲羽さん  

神様の愛と罪

宮沢泉
キャラ文芸
陽治郎(ようじろう)は唯一の友である神様と、たくさんの養い子たちとともに楽しく暮らしていた。しかし病魔に侵されて亡くなってしまう。 白い光に導かれ目覚めると、陽治郎の魂は数百年後の令和の時代で生きる少女・蓮華(れんげ)の体の中に入っていた。父親を亡くしたばかりで失意に沈む蓮華は心の奥底に閉じこもってしまっていた。蓮華の代わりとなって体を動かそうとしたとき、かつての友であった神様・紫(ゆかり)と再会する。蓮華の後見人になった紫に連れられ、自然に囲まれた地方にある家にやってくる。 しばらくして、陽治郎は死んだ理由が紫にあることを知ってしまいーー。

陰陽師・恭仁京上総の憂鬱

藤極京子
キャラ文芸
人間と妖怪が入り乱れる世の中に、代々陰陽師を生業としている一族があった。 千年も昔、大陰陽師により『呪』を受けた一族は、それでも人々のため、妖と時に人間と戦い続ける。 そんな一族の現当主は、まだ一三歳の少年だった――。 完結しました。 続編『陰陽師・恭仁京上総の憂鬱 悲岸の鬼編』連載中

金沢ひがし茶屋街 雨天様のお茶屋敷

河野美姫
キャラ文芸
古都・金沢、加賀百万石の城下町のお茶屋街で巡り会う、不思議なご縁。 雨の神様がもてなす甘味処。 祖母を亡くしたばかりの大学生のひかりは、ひとりで金沢にある祖母の家を訪れ、祖母と何度も足を運んだひがし茶屋街で銀髪の青年と出会う。 彼は、このひがし茶屋街に棲む神様で、自身が守る屋敷にやって来た者たちの傷ついた心を癒やしているのだと言う。 心の拠り所を失くしたばかりのひかりは、意図せずにその屋敷で過ごすことになってしまいーー? 神様と双子の狐の神使、そしてひとりの女子大生が紡ぐ、ひと夏の優しい物語。 アルファポリス 2021/12/22~2022/1/21 ※こちらの作品はノベマ!様・エブリスタ様でも公開中(完結済)です。 (2019年に書いた作品をブラッシュアップしています)

死んだことにされた処女妻は人外たちと遍路の旅をする―

ジャン・幸田
キャラ文芸
 わたしは香織。悪いことに結婚五年で処女のまま嫁ぎ先を追いだされて、死んだことにされてしまったので、巡礼の旅に出たはずなのに、いろいろあって物の怪たちと旅をする羽目になったのよ!   ワニ顔の弾正さんに、幽霊のお糸さんと! 私はどうなってしまうのよ! 私が持っている勾玉の秘密ってなに? 八十八箇所巡礼の物語が始まる! *やってみたかった和風ファンタジーです。ですが時代設定は適当ですので大目に見てください! *随時、発表済みの話も加筆していきますので、よろしくおねがいします。

百合色あやかし怪奇譚

まり雪
キャラ文芸
「つまり、お主の同居人というやつじゃ♪」 「……はい?」 現代日本のとある田舎町を舞台に、天涯孤独のフリーター女子と個性豊かすぎる妖怪たちの織り成す和風ファンタジー! ちょっと不思議な髪色をした孤独なフリーター・凛月(20)が主人公。 その家系に特殊な事情を抱えた彼女と 超絶面食いの美少女鬼 ちょっとだけ(だいぶ?)ヤンデレ気味なメイド犬神 外ではキッチリ、家ではぐーたら腐女子の雪女 かわいい双子のロリショタすねこすり 残念イケメンの天邪鬼 ヘンタイドМの垢嘗め 時代を掴み損ねているギャル女神 などなど、個性豊かな妖たちとのゆったりとした、でも時たま心を震わす不思議な同居生活が始まります! ☆朝8時前後に更新します! 通学通勤のお供にぜひ♪(内容によっては夕方になります)☆ 【第4回キャラ文芸大賞参加作品です! 応援よろしくおねがいいたします!】

星降る夜に神様とまさかの女子会をしました

あさの紅茶
キャラ文芸
中学の同級生と偶然再会して、勢いのままお付き合いを始めたけれど、最近ほんとすれ違いばかり 専門学校を卒業して社会人になった私 望月 葵 モチヅキ アオイ (21) 社会人になってすっかり学生気分の抜けた私と、まだまだ学生気分の彼 久しぶりのデートでケンカして、真っ暗な山奥に置き去りにするとか、マジありえない 路頭に迷う私に手を差しのべてくれたのは、綺麗な山の神様だった そして… なぜか神様と女子会をすることになりました どういうこと?! ********** このお話は、他のサイトにも掲載しています

あやかし猫がいるこたつがある喫茶店にようこそ!

なかじまあゆこ
キャラ文芸
ある日永久(とわ)は昔書いていた日記帳を見つけた。そこには懐かしい日々が綴られていた。亡くなった大好きだったおばあちゃんのことも。 おばあちゃんに会いたいよと涙を零した永久は不思議なあやかしがいるこたつのある不思議な喫茶店を見つける。 その喫茶店は亡くなった人と交流が出来る場所でもあったのだ。

処理中です...