上 下
11 / 44
一章 猫又とおばあちゃん

一章 6

しおりを挟む
「私はこのまま天命をまっとうするつもりです。クロちゃんにもそう言ったのだけど」
「なんでにゃ。そんなのおかしいにゃ」
 クロは涙をためて、老婦人の膝にすがりついた。
「おばあちゃんはボクといたくないにゃ?」
「私もクロちゃんと一緒にいたいわ。でも私は長く生きすぎたの。もう夫を二十年以上待たせているし、子供たちも先に逝ってしまった。あとは思い出の詰まったこの家で最期を待つだけのはずだった」
 老婦人はふっくらとしたクロの頬を両手で包んだ。
「だけど、あなたが来てくれた。毎日が楽しくて、もっと生きたいと思ったわ」
「そうにゃ、ずっとボクと暮らすにゃ」
 老婦人は横に首を振った。
「あなたと過ごした時間は私のかけがえのない宝よ。ありがとう、クロちゃん」
「イヤにゃ。おばあちゃんはもっと生きなきゃダメにゃ!」
 クロは老婦人に抱きついて泣いた。
「クロ、女性を困らせてはいけませんよ」
 黙って聞いていたマルセルが口を開いた。
「ご婦人に長寿を与えるのは誰のためですか」
 クロは涙に濡れた顔をあげた。
「おばあちゃんのためにゃ」
「一人になりたくないという、あなたの我儘ではないですか?」
「違うにゃっ」
 そう言って老婦人の胸に顔を埋めたクロは、しばらくして「わからないにゃ」と言い直した。
「ボクはただ、おばあちゃんとずっと一緒にいたいだけにゃ」
「クロちゃん」
 老婦人は慈しむようにクロを見つめ、優しく小さな頭をなでた。そしてマルセルを見上げた。
「私は幸せな人生でした。こうしてクロちゃんに出会えて、これ以上望んでは罰が当たります。だからこそ、一つ心残りができました」
「クロですね」
 マルセルの言葉に老婦人はうなずいた。
「もう、この子に淋しい思いをさせたくないのです。私があなたに会ってお願いしたかったのは、クロちゃんのこと」
 猫又は人には見えない。クロを老婦人の知人に譲るというわけにはいかないのだ。黒猫として忌み嫌われた過去を持ち、長く孤独だったクロを老婦人は心配していた。
「わかりました。クロのことは任せてください」
 マルセルは立ち上がった。
「クロ、わたしと来ますか?」
 クロは首を横に振る。
「おばあちゃんといるにゃ」
 クロは再び老婦人の胸に顔を埋めた。
「では、なにかありましたらあのバーに来てください。待っていますよ。毬瑠子、行きましょう」
 クロの涙につられて泣いていた毬瑠子も、マルセルに促されて立ち上がった。
「クロは本当におばあちゃんが大好きなんだね。もっと一緒にいさせてあげたい気もするけど」
 歩きながら毬瑠子が言った。 
「長く生きるだけが幸せではありません。人生には潮時というものがあります」
「マルセルさんにとって、百年くらいあっという間なんでしょうね」
「そうでもありませんよ。一瞬一瞬が大切なのは人と同じです。取り返しのつかない過ちにさいなまれることも多々あります」
 マルセルはどこか遠くを見つめている。懐古しているようだ。
「人生の潮時か」
 私もおばあちゃんのように「幸せな人生だった」と最期に言えるように生きたいと毬瑠子は思った。
 そのためにはマルセルの言うように、一瞬一瞬で後悔しない選択をしなければならない。人生は、いつ終わりが来るかわからないのだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「お節介鬼神とタヌキ娘のほっこり喫茶店~お疲れ心にお茶を一杯~」

GOM
キャラ文芸
  ここは四国のど真ん中、お大師様の力に守られた地。  そこに住まう、お節介焼きなあやかし達と人々の物語。  GOMがお送りします地元ファンタジー物語。  アルファポリス初登場です。 イラスト:鷲羽さん  

神様の愛と罪

宮沢泉
キャラ文芸
陽治郎(ようじろう)は唯一の友である神様と、たくさんの養い子たちとともに楽しく暮らしていた。しかし病魔に侵されて亡くなってしまう。 白い光に導かれ目覚めると、陽治郎の魂は数百年後の令和の時代で生きる少女・蓮華(れんげ)の体の中に入っていた。父親を亡くしたばかりで失意に沈む蓮華は心の奥底に閉じこもってしまっていた。蓮華の代わりとなって体を動かそうとしたとき、かつての友であった神様・紫(ゆかり)と再会する。蓮華の後見人になった紫に連れられ、自然に囲まれた地方にある家にやってくる。 しばらくして、陽治郎は死んだ理由が紫にあることを知ってしまいーー。

陰陽師・恭仁京上総の憂鬱

藤極京子
キャラ文芸
人間と妖怪が入り乱れる世の中に、代々陰陽師を生業としている一族があった。 千年も昔、大陰陽師により『呪』を受けた一族は、それでも人々のため、妖と時に人間と戦い続ける。 そんな一族の現当主は、まだ一三歳の少年だった――。 完結しました。 続編『陰陽師・恭仁京上総の憂鬱 悲岸の鬼編』連載中

金沢ひがし茶屋街 雨天様のお茶屋敷

河野美姫
キャラ文芸
古都・金沢、加賀百万石の城下町のお茶屋街で巡り会う、不思議なご縁。 雨の神様がもてなす甘味処。 祖母を亡くしたばかりの大学生のひかりは、ひとりで金沢にある祖母の家を訪れ、祖母と何度も足を運んだひがし茶屋街で銀髪の青年と出会う。 彼は、このひがし茶屋街に棲む神様で、自身が守る屋敷にやって来た者たちの傷ついた心を癒やしているのだと言う。 心の拠り所を失くしたばかりのひかりは、意図せずにその屋敷で過ごすことになってしまいーー? 神様と双子の狐の神使、そしてひとりの女子大生が紡ぐ、ひと夏の優しい物語。 アルファポリス 2021/12/22~2022/1/21 ※こちらの作品はノベマ!様・エブリスタ様でも公開中(完結済)です。 (2019年に書いた作品をブラッシュアップしています)

死んだことにされた処女妻は人外たちと遍路の旅をする―

ジャン・幸田
キャラ文芸
 わたしは香織。悪いことに結婚五年で処女のまま嫁ぎ先を追いだされて、死んだことにされてしまったので、巡礼の旅に出たはずなのに、いろいろあって物の怪たちと旅をする羽目になったのよ!   ワニ顔の弾正さんに、幽霊のお糸さんと! 私はどうなってしまうのよ! 私が持っている勾玉の秘密ってなに? 八十八箇所巡礼の物語が始まる! *やってみたかった和風ファンタジーです。ですが時代設定は適当ですので大目に見てください! *随時、発表済みの話も加筆していきますので、よろしくおねがいします。

フリーの祓い屋ですが、誠に不本意ながら極道の跡取りを弟子に取ることになりました

あーもんど
キャラ文芸
腕はいいが、万年金欠の祓い屋────小鳥遊 壱成。 明るくていいやつだが、時折極道の片鱗を見せる若頭────氷室 悟史。 明らかにミスマッチな二人が、ひょんなことから師弟関係に発展!? 悪霊、神様、妖など様々な者達が織り成す怪奇現象を見事解決していく! *ゆるゆる設定です。温かい目で見守っていただけると、助かります*

星降る夜に神様とまさかの女子会をしました

あさの紅茶
キャラ文芸
中学の同級生と偶然再会して、勢いのままお付き合いを始めたけれど、最近ほんとすれ違いばかり 専門学校を卒業して社会人になった私 望月 葵 モチヅキ アオイ (21) 社会人になってすっかり学生気分の抜けた私と、まだまだ学生気分の彼 久しぶりのデートでケンカして、真っ暗な山奥に置き去りにするとか、マジありえない 路頭に迷う私に手を差しのべてくれたのは、綺麗な山の神様だった そして… なぜか神様と女子会をすることになりました どういうこと?! ********** このお話は、他のサイトにも掲載しています

あずき食堂でお祝いを

山いい奈
キャラ文芸
大阪府豊中市の曽根にある「あずき食堂」。 セレクト形式で定食を提供するお店なのだが、密かな名物がお赤飯なのだ。 このお赤飯には、主人公たちに憑いている座敷童子のご加護があるのである。 主人公である双子の姉妹の美味しいご飯と、座敷童子の小さなお祝い。 「あずき食堂」は今日も和やかに営業中でございます。

処理中です...