癒しのあやかしBAR~あなたのお悩み解決します~

じゅん

文字の大きさ
上 下
10 / 44
一章 猫又とおばあちゃん

一章 5

しおりを挟む
 翌日。
 クロの住居がある最寄り駅で、毬瑠子とマルセルは待ち合わせをした。
「おはようございます、毬瑠子。青いワンピースがよく似合っています」
 毬瑠子が改札を出ると、既に来ていたマルセルが愛しい恋人を迎えるように微笑んだ。マルセルはことあるごとに毬瑠子を褒める。照れくさいが、悪い気はしない。
 そう言うマルセルこそ、貴族のようなスリーピースを身に着けて、周囲から注目を浴びていた。金髪碧眼のハンサムがいれば当然だろう。マルセルのいるところだけスポットライトが当たっているな華やかさがある。
「マルセルさんは、全然、吸血鬼に見えませんね」
 とばっちりで視線が刺さるので、少々身体を強張らせながら毬瑠子は話しかけた。
「元々人型ですからね。それに、今は人に化けているんです。目が赤くないでしょ」
 確かにマルセルは青い瞳をしている。毬瑠子はまだそれができないので、目にはカラーコンタクトを入れていた。牙も生えているのでできるだけ口を開けないようにして、手にはマルセルからもらったレースの手袋をしている。
「クロの家はこちらです」
 マルセルはスマートフォンのアプリに従って歩いていた。
「スマホを使う吸血鬼」
 毬瑠子は不思議な気分でマルセルの隣りに並んだ。
 二人はずいぶんと足のコンパスに違いがあるが、毬瑠子はいつもと変わらない歩調だった。マルセルが自分に合わせてくれていることに気づく。さりげなく車道側にマルセルがいて、どこまでも紳士だと感心する。
「ここです」
 郊外にある一軒家だ。周辺は大きな戸建てが多く、指定の家も築年数は古いものの立派な家だった。一人暮らしをするには大きすぎるので、かつては複数の家族と共に住んでいたのだろう。
 呼び鈴を鳴らすと、人型のクロがドアを開けた。ふっくらとした小さな手でマルセルのジャケットを引っ張る。
「来てくれてありがとにゃ。こっちにゃ」
 挨拶もそこそこに、クロに八畳ほどの和室に案内をされた。部屋は障子からの淡い光で照らされている。
 年季の入った家具が並ぶなか、大きなベッドだけが真新しく異質だった。電動で動く介護ベッドだ。その中央の布団がわずかに膨らんでいる。
 小さく縮んだ、細くやつれた老婦人が横になっている。
 もう布団を盛り上げるだけの身体のふくらみがない。薄くなった白髪はペットリと頭皮にはりついて潰れていた。
 ベッドの周辺には点滴スタンドなどの医療用具が置いてあり、老婦人の鼻から伸びたチューブは酸素ボンベまで繋がっていた。
「おばあちゃん、吸血鬼が来てくれたにゃ」
 クロが手を握ると老婦人は目を開けた。眼窩は落ちくぼんで頭蓋骨の形がわかるほど肉が削げ落ちている。しかし、その瞳には生気があり澄んでいた。
「わざわざすみません、こんな格好でごめんなさいね」
 寝間着姿の老婦人がリモコンを操作すると、介護ベッドが動いて上半身が起き上がった。
「そのままで結構です」
「寝てばかりいたら床ずれになってしまいますからね。クロちゃんがこまめに姿勢を変えてくれるから助かっているんですよ」
 心配するマルセルに顔を向けて、老婦人は目を丸くした。
「まあ、長生きはするものね。眼福だわ」
 老婦人は笑って毬瑠子とマルセルに椅子をすすめた。
 クロも椅子に座ってから上半身をベッドにかぶせ、婦人の膝辺りに頭をのせると、彼女はそのさらりとした黒髪をなでた。クロは気持ちよさそうに目を閉じてゆっくりと二本のしっぽを揺らす。
 これが二人の日常なのだろう。
「おばあちゃん、早く血を吸ってもらうにゃ」
 クロがそう言うと、老婦人は苦笑した。
「それはいいの。私はこのまま天命をまっとうするつもりです。クロちゃんにもそう言ったのだけど」
「なんでにゃ。そんなのおかしいにゃ」
 クロは涙をためて、老婦人の膝にすがりついた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

これもなにかの縁ですし 〜あやかし縁結びカフェとほっこり焼き物めぐり

枢 呂紅
キャラ文芸
★第5回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました!応援いただきありがとうございます★ 大学一年生の春。夢の一人暮らしを始めた鈴だが、毎日謎の不幸が続いていた。 悪運を祓うべく通称:縁結び神社にお参りした鈴は、そこで不思議なイケメンに衝撃の一言を放たれてしまう。 「だって君。悪い縁(えにし)に取り憑かれているもの」 彼に連れて行かれたのは、妖怪だけが集うノスタルジックなカフェ、縁結びカフェ。 そこで鈴は、妖狐と陰陽師を先祖に持つという不思議なイケメン店長・狐月により、自分と縁を結んだ『貧乏神』と対峙するけども……? 人とあやかしの世が別れた時代に、ひとと妖怪、そして店主の趣味のほっこり焼き物が交錯する。 これは、偶然に出会い結ばれたひととあやかしを繋ぐ、優しくあたたかな『縁結び』の物語。

我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな

ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】 少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。 次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。 姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。 笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。 なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中

「お節介鬼神とタヌキ娘のほっこり喫茶店~お疲れ心にお茶を一杯~」

GOM
キャラ文芸
  ここは四国のど真ん中、お大師様の力に守られた地。  そこに住まう、お節介焼きなあやかし達と人々の物語。  GOMがお送りします地元ファンタジー物語。  アルファポリス初登場です。 イラスト:鷲羽さん  

真夜中の仕出し屋さん~料理上手な狛犬様と暮らすことになりました~

椿蛍
キャラ文芸
「結婚するか、化け物屋敷を管理するか」 仕事を辞めた私に、父は二つの選択肢を迫った。 料亭『吉浪』に働いて六年。 挫折し、料理を作れなくなってしまった―― 結婚を断り、私が選んだのは、化け物屋敷と父が呼ぶ、亡くなった祖父の家へ行くことだった。 祖父が亡くなって、店は閉まっているはずだったけれど、なぜか店は開いていて―― 初出:2024.5.10~ ※他サイト様に投稿したものを大幅改稿しております。

天乃ジャック先生は放課後あやかしポリス

純鈍
キャラ文芸
誰かの過去、または未来を見ることが出来る主人公、新海はクラスメイトにいじめられ、家には誰もいない独りぼっちの中学生。ある日、彼は登校中に誰かの未来を見る。その映像は、金髪碧眼の新しい教師が自分のクラスにやってくる、というものだった。実際に学校に行ってみると、本当にその教師がクラスにやってきて、彼は他人の心が見えるとクラス皆の前で言う。その教師の名は天乃ジャック、どうやら、この先生には教師以外の顔があるようで……? 

雪ごいのトリプレット The Lovers

梅室しば
キャラ文芸
【大晦日の夜の招かれざる客。変幻自在の凶暴な妖から屋敷内の本を守れ。】 鍾乳洞の内部に造られた『書庫』を管理する旧家・佐倉川邸で開かれる年越しの宴に招かれた潟杜大学三年生の熊野史岐と冨田柊牙。彼らをもてなす為に、大晦日の朝から準備に奔走していた長女・佐倉川利玖は、気分転換の為に訪れた『書庫』の中で異様な存在を目撃する。一部の臓器だけが透けて見える、ヒト型をした寒天状のその存在は、利玖に気づいて声を発した。「おおみそかに、ほん──を──いただきに。まいり、ました」 ※本作はホームページ及び「pixiv」「カクヨム」「小説家になろう」「エブリスタ」にも掲載しています。

生贄巫女はあやかし旦那様を溺愛します

桜桃-サクランボ-
恋愛
人身御供(ひとみごくう)は、人間を神への生贄とすること。 天魔神社の跡取り巫女の私、天魔華鈴(てんまかりん)は、今年の人身御供の生贄に選ばれた。 昔から続く儀式を、どうせ、いない神に対して行う。 私で最後、そうなるだろう。 親戚達も信じていない、神のために、私は命をささげる。 人身御供と言う口実で、厄介払いをされる。そのために。 親に捨てられ、親戚に捨てられて。 もう、誰も私を求めてはいない。 そう思っていたのに――…… 『ぬし、一つ、我の願いを叶えてはくれぬか?』 『え、九尾の狐の、願い?』 『そうだ。ぬし、我の嫁となれ』 もう、全てを諦めた私目の前に現れたのは、顔を黒く、四角い布で顔を隠した、一人の九尾の狐でした。 ※カクヨム・なろうでも公開中! ※表紙、挿絵:あニキさん

狼神様と生贄の唄巫女 虐げられた盲目の少女は、獣の神に愛される

茶柱まちこ
キャラ文芸
 雪深い農村で育った少女・すずは、赤子のころにかけられた呪いによって盲目となり、姉や村人たちに虐いたげられる日々を送っていた。  ある日、すずは村人たちに騙されて生贄にされ、雪山の神社に閉じ込められてしまう。失意の中、絶命寸前の彼女を救ったのは、狼と人間を掛け合わせたような姿の男──村人たちが崇める守護神・大神だった。  呪いを解く代わりに大神のもとで働くことになったすずは、大神やあやかしたちの優しさに触れ、幸せを知っていく──。  神様と盲目少女が紡ぐ、和風恋愛幻想譚。 (旧題:『大神様のお気に入り』)

処理中です...