海賊王と麗人海軍~海洋恋愛浪漫譚~

じゅん

文字の大きさ
上 下
48 / 48
終章 別れと始まり

別れと始まり 4【完結】

しおりを挟む
 アレクサンドラは不自然な波の揺れを感じた。
 その揺れはさらに大きくなり、部屋の外が騒がしくなる。
 アレクサンドラとエドワードは顔を見合わせて部屋を出た。乗客が血相を変えて甲板から降りてくる。
「なにがあったんだ?」
 エドワードが乗客の一人を捕まえた。
「海賊だ!」
 乗客が叫ぶ。
 海賊。
 アレクサンドラは人の波をかき分けて甲板に向かって全力で走った。
「アレックス」
 すぐにエドワードも追いかけてくる。
 扉を開けて眩しい甲板に飛び出すと、旅客船のすぐ隣りにはガレー船が横付けされていた。船縁をいくつものロープで固定している。
 帆柱には海賊旗がはためいていた。
 赤地に白い髑髏、左の眼窩には眼帯をし、髑髏の後ろでカトラスがクロスしている。
「ロバート海賊団のジョリー・ロジャー」
 船縁にずらりと並んだ海賊たちは、マスケット銃を旅客船に向けている。
「心配するな、俺たちは仲間を連れ戻しに来ただけだ。大人しく引き渡せばなにもしない」
 海風に豪奢な深紅のダマスク織りのジュストコールをなびかせている男が叫んだ。
 隻眼の赤い死神と呼ばれる男。
「ロバート!」
 アレクサンドラは手摺に駆け寄った。
「よう、アレックス。迎えに来てやったぜ」
 太陽を背負ったロバートはアレクサンドラに笑顔を向けた。
「なぜ……」
 アレクサンドラの胸に熱いものがこみ上げてきた。
「なぜって、満場一致でおまえを改めて仲間に迎え入れることに決まったからだ」
 女性であるアレクサンドラを団員として認めるか、本日、多数決をとる予定だった。それが行われたのだろう。
「満場一致?」
 誰一人、アレクサンドラが加わることに反対しなかったのか。あれだけ反発する者が多かったのに。
「おまえの今までの行動が認められたってことだ」
 船の清掃や修復に熱心に取り組んでいたこと。船底くぐりを成功させたこと。乱暴されても仲間を売らなかったこと。航海士として力量を見せたこと。
 アレクサンドラは信じられない思いで並んでいる団員一人一人に視線を向けた。みんな目や拳で応えてくれる。ブッチャーは力こぶを作り、その隣りのピエールは両手を振った。
 ピンクゴールドの長い巻き毛を揺らすクリスと目が合うと、細い眉をつり上げた。
「借りは返したからね! おまえなんか大っ嫌いだから!」
「クリス」
 アレクサンドラは苦笑した。目頭が熱くなる。
「みんな、ありがとう」
 船縁にのぼってロープを渡ろうとすると、後ろから手を取られた。
「行くなアレックス」
 エドワードは懇願するようにも見える表情でアレクサンドラを掴んでいた。
 アレクサンドラは首を振る。
「進む道は自分で決める。私の人生は私だけのものだ」
「アレックス……」
 エドワードはきつく眉根を寄せた。手の力が緩んでいく。
「ありがとう、エド。元気で」
 アレクサンドラから強くエドワードの手を握り、そして、ずっと守ってくれていた大きな手を放した。
 ネイサンにサポートされてアレクサンドラは隣りの船に乗り移った。歓声とともに団員たちに囲まれる。背中や頭を叩かれてもみくちゃにされた。
「アレックスは預けるだけだ。後悔するなよ。俺が必ずおまえを捕らえてやる。首を洗って待っていろ」
 エドワードがロバートに向かって叫んだ。
「楽しみにしている」
 エドワードの燃え滾る視線をロバートは受け止めた。
 渡されていたロープが外れる。船が離れていく。
 胸が締め付けられる思いで、アレクサンドラは小さくなっていくエドワードを見ていた。
 彼には感謝の気持ちしかない。
「さよなら、エド」
 アレクサンドラが振り返ると、近くにロバートが立っていた。
「来いよ、今夜はおまえが主役の宴会だ。覚悟しろ」
「……お手柔らかに」
 酒の弱いアレクサンドラは苦笑いを浮かべた。
「後悔はさせない。俺がおまえに世界を見せてやる」
 ロバートはアレクサンドラの肩を叩き、ジュストコールを翻した。 
「どこまでもついて行くよ、キャプテン」
 アレクサンドラはロバートの後に続いて歩き出した。

                          了
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

王国騎士に憧れる村娘は最強装備で成り上がる~あたしの武器だけ毎回違うのが出てくるけど、どれも強いので問題ないです~

虎柄トラ
ファンタジー
この世界の住民は十五歳になると、神の贈り物と呼ばれる神具を授かる。 辺境の地で生まれた少女リーティアもまた今年十五歳となり、夢にまで見た神具を授かるべく、協会に訪れ神に祈りを捧げる。 リーティアが授かった神具は自分の髪色に似た真っ赤な剣。 翌日また自分の神具を顕現させたリーティアだったが、全く知らない神具が顕現したことで大混乱。 神具は生涯で一つのみであり、複数授かった者はこの世界の歴史において、誰一人として存在しなかったからだ。 これは規格外の少女リーティアが、女子禁制の王国騎士団で男装騎士として成り上がっていく物語。

国立第三魔法学院魔法薬学研究科は今日も平和です(たぶん)

渋川宙
ファンタジー
百五十年前、隕石が衝突した影響で魔法がはびこるようになった地球。 そこで設立されたのが魔法学院なのだが・・・・・・薬学研究科だけ何か違う気がする(^_^;) 十五才になった俺(藤城真央)はそんな薬学研究科に入ってしまったのだが、みんなキャラ濃すぎ!

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

魔喰のゴブリン~最弱から始まる復讐譚~

岡本剛也
ファンタジー
駆け出しの冒険者であるシルヴァ・ベルハイスは、ダンジョン都市フェルミでダンジョン攻略を生業としていた。 順風満帆とはいかないものの、着実に力をつけてシルバーランク昇格。 そしてついに一つの壁とも言われる十階層の突破を成し遂げた。 仲間との絆も深まり、ここから冒険者としての明るい未来が待っていると確信した矢先——とある依頼が舞い込んできた。 その依頼とは勇者パーティの荷物持ちの依頼。 勇者の戦闘を近くで見られることができ、高い報酬ということもあって引き受けたのだが、この一回の依頼がシルヴァを地獄の底に叩き落されることとなった。 ダンジョン内で勇者達からゴミのような扱いを受け、信頼していた仲間にからも見放され……ダンジョンの奥地に放置されたシルヴァは、匂いに釣られてやってきた魔物に襲われた。 魔物に食われながら、シルヴァが心の底から願ったのは勇者への復讐。 そんな願いが叶ったのか、それとも叶わなかったのか。 事実のほどは神のみぞ知るが、シルヴァは記憶を持ったままとある魔物に転生した。 その魔物とは、最弱と名高いゴブリン。 追い打ちをかけるような最悪な状況に常人なら心が折れてもおかしくない中、シルヴァは折れることなく勇者への復讐を掲げた。 これは最弱のゴブリンに転生したシルヴァが、最強である勇者への復讐を果たす物語。

ツバサを抱いて眠れ

15243822
恋愛
酸いも甘いも経験した三十五歳の平凡主人公はヒロイン枠では活躍しない!? ----------------- 三十五歳のすべてが平凡な主人公・夜丘瑞世は、アパートの隣の部屋に住む美少女に導かれ、強烈な睡魔の後に魔族の住む【ツバサ】という謎の世界で目が覚める。 ……これってまさか異世界転生!?――と思ったのも束の間、あっという間に巨大な化物に殺されて現実世界に。 瑞世は二度と【ツバサ】へ行くつもりはなかったが、「ツバサに隠された『願いを叶える秘宝』を探したい」という美少女の願いを叶えるため、再び美少女と共に夢の中の謎の世界――【ツバサ】へと向かう。 初恋のドイツ人将校(映画の役)に瓜二つの「フォルカー様」や、蠍のような尾がついた巨大な化け猫、電気もガスも薬もない島で病人の治療ができるのは私だけ? ついでに、アパートの隣に住んでいたこの美少女は、実は女神様だった!? 後に【ツバサ】の世界で「女神の共犯者」と呼ばれるようになるアラサー限界主人公が、何度も転げて失敗し挫折し、何度もカムバックしてくる愛とド根性の物語です。

処理中です...