43 / 48
六章 ロバートの過去
ロバートの過去 5
しおりを挟む
「なぜ私たちを海賊団に入れたの?」
「おまえを呼んだのがオレだからだよ。アレックス」
「私を、呼んだ?」
アレクサンドラは瞠目し、睫毛を瞬かせた。ロバートはにやりと笑って、長い足を組み替える。
「オルレニア王国は表向き、おまえの国とは友好国だからな。兄貴を通して、海賊被害が激しくて困っていると泣きついたんだ。海賊島に諜報員を送って、海賊のトップを叩こうと提案した。こちらは諜報のノウハウがないので帝国に任せたい。金はいくらでも出す、って具合に」
「諜報のノウハウがないなんて、なんという二枚舌だ」
しかも「いくらでも出す」という金は、帝国海軍の船を襲って調達した金だろう。オルレニア王国の懐は少しも痛まない。
「そしてもうひとつ、オレは条件を付けた。そちらには女性の軍人がいるらしいから、その者を海賊島に送ること。“いままでの男の諜報員はことごとく失敗しているから、女で試されたし”ってな」
それで指名されたのかと、アレクサンドラは驚いた。
海軍卿ですら知らない任命者が誰なのかと疑問に思いながらも、目まぐるしい日々で忘れていた謎が、やっと解けた。
「いくら友好国とはいえ、他国がそこまでの内政干渉をできるとは思えない」
「できるさ、トップ同士の会談だ。それに帝国にとって旨味しかない話じゃないか」
「トップ」
驚くべき言葉ばかりで、さっきからアレクサンドラはオウム返しばかりになっている。
「もうわかってるんだろ。オレの兄が誰なのか」
アレクサンドラは頷く。疑いようがない。
「ウィリアム国王陛下」
昨年、前国王が退位したことにより、ウィリアムが王位を継承していた。言われてみると、四年前のパーティーで遠目に見かけたウィリアムの面影を、ロバートの中に見つけることができた。
「そこまでして、なぜ私を呼んだの?」
四年前に少しだけ話をしただけだ。アレクサンドラにとっては、髑髏の仮装をした人物に男装をさせられたという強烈な印象があり、ドレスを着なくなったきっかけでもあるものの、それで終わった思い出だった。
「本当にわからないのか。言わせたいのか」
ロバートはアレクサンドラを引き寄せた。
「おまえが好きだ」
至近距離から碧眼に見つめられ、アレクサンドラは息を呑んだ。
「アレックスのことはなんでも知っている。生真面目なところも、几帳面そうに見えて案外抜けているところも、軍人としての悩みも、大海原への憧れも。どれだけ離れていても、オレがおまえのことを一番理解している」
アレクサンドラは抱きしめられた。まるで、ひとつの塊になりそうなほど強く。
それだけで、ロバートがどれほど激しい慕情を胸に秘めていたのか、伝わってくるようだった。身体は圧迫されているが、隙間なく密着している肌が心地よく感じる。心が満たされる。
ふと、海賊島に到着した初日を思い出した。
ロバートは「浮かれて」飲みすぎているとネイサンに注意されていた。それはアレクサンドラが来ることを心待ちにしていたからではないか。
しばらくそのままでいたロバートが吐息するのを、うなじで感じた。
「初めは、ただ見守っているつもりだった。幸福な姿を見届けようと思っていた。しかし、おまえにはいつまで経っても浮いた話が出ず、海軍でくすぶっているようだった。だから、オレのものにすることにした」
オレのものって……。
アレクサンドラ頬を赤らめた。
ロバートの突然の告白を喜びつつも、戸惑いもあった。
「どうして。この部屋でほんのわずかな時間を過ごしただけなのに」
「一目惚れは信じない?」
ロバートはアレクサンドラの顔を覗き込み、揶揄したように笑う。そして、その笑みが柔らかく変わった。
「俺は四年前に死んで、生まれ変わった。アレックスの言葉に背中を押されたからだ」
「どういうこと?」
ロバートは立ち上がった。
「おまえを呼んだのがオレだからだよ。アレックス」
「私を、呼んだ?」
アレクサンドラは瞠目し、睫毛を瞬かせた。ロバートはにやりと笑って、長い足を組み替える。
「オルレニア王国は表向き、おまえの国とは友好国だからな。兄貴を通して、海賊被害が激しくて困っていると泣きついたんだ。海賊島に諜報員を送って、海賊のトップを叩こうと提案した。こちらは諜報のノウハウがないので帝国に任せたい。金はいくらでも出す、って具合に」
「諜報のノウハウがないなんて、なんという二枚舌だ」
しかも「いくらでも出す」という金は、帝国海軍の船を襲って調達した金だろう。オルレニア王国の懐は少しも痛まない。
「そしてもうひとつ、オレは条件を付けた。そちらには女性の軍人がいるらしいから、その者を海賊島に送ること。“いままでの男の諜報員はことごとく失敗しているから、女で試されたし”ってな」
それで指名されたのかと、アレクサンドラは驚いた。
海軍卿ですら知らない任命者が誰なのかと疑問に思いながらも、目まぐるしい日々で忘れていた謎が、やっと解けた。
「いくら友好国とはいえ、他国がそこまでの内政干渉をできるとは思えない」
「できるさ、トップ同士の会談だ。それに帝国にとって旨味しかない話じゃないか」
「トップ」
驚くべき言葉ばかりで、さっきからアレクサンドラはオウム返しばかりになっている。
「もうわかってるんだろ。オレの兄が誰なのか」
アレクサンドラは頷く。疑いようがない。
「ウィリアム国王陛下」
昨年、前国王が退位したことにより、ウィリアムが王位を継承していた。言われてみると、四年前のパーティーで遠目に見かけたウィリアムの面影を、ロバートの中に見つけることができた。
「そこまでして、なぜ私を呼んだの?」
四年前に少しだけ話をしただけだ。アレクサンドラにとっては、髑髏の仮装をした人物に男装をさせられたという強烈な印象があり、ドレスを着なくなったきっかけでもあるものの、それで終わった思い出だった。
「本当にわからないのか。言わせたいのか」
ロバートはアレクサンドラを引き寄せた。
「おまえが好きだ」
至近距離から碧眼に見つめられ、アレクサンドラは息を呑んだ。
「アレックスのことはなんでも知っている。生真面目なところも、几帳面そうに見えて案外抜けているところも、軍人としての悩みも、大海原への憧れも。どれだけ離れていても、オレがおまえのことを一番理解している」
アレクサンドラは抱きしめられた。まるで、ひとつの塊になりそうなほど強く。
それだけで、ロバートがどれほど激しい慕情を胸に秘めていたのか、伝わってくるようだった。身体は圧迫されているが、隙間なく密着している肌が心地よく感じる。心が満たされる。
ふと、海賊島に到着した初日を思い出した。
ロバートは「浮かれて」飲みすぎているとネイサンに注意されていた。それはアレクサンドラが来ることを心待ちにしていたからではないか。
しばらくそのままでいたロバートが吐息するのを、うなじで感じた。
「初めは、ただ見守っているつもりだった。幸福な姿を見届けようと思っていた。しかし、おまえにはいつまで経っても浮いた話が出ず、海軍でくすぶっているようだった。だから、オレのものにすることにした」
オレのものって……。
アレクサンドラ頬を赤らめた。
ロバートの突然の告白を喜びつつも、戸惑いもあった。
「どうして。この部屋でほんのわずかな時間を過ごしただけなのに」
「一目惚れは信じない?」
ロバートはアレクサンドラの顔を覗き込み、揶揄したように笑う。そして、その笑みが柔らかく変わった。
「俺は四年前に死んで、生まれ変わった。アレックスの言葉に背中を押されたからだ」
「どういうこと?」
ロバートは立ち上がった。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
アイより愛し~きみは青の王国より~
藤原いつか
ファンタジー
――5年の時をかけて、完結。
しました。
感無量。
ありがとうございました!
-----
異世界トリップ・ラヴファンタジー
逆ハー要素あり、女性向け。
-----
15年間ゆらゆら流されて生きてきた平凡な女子高生・真魚(マオ)は、
ある日突然旧校舎のプールから異世界シェルスフィアに召喚されてしまう。
マオを喚(よ)んだのはシェルスフィアの最後の少年王・シアだった。
戦争が迫るその国で、マオは理不尽と世界と生と死を知る。
自分にしかできない、何かを知る。
青の海賊、声を失った歌姫、王国の騎士、
そして同じ世界からきて異世界を住処として選び、敵となった少年。
この世界でのすべての出逢いに、意味はあるのか。
必要とされる場所を探しながら、選べる世界はひとつだけ。
マオが選ぶ世界とは――…
この世界にキミがいる。だから、いとしい。
この世界にキミといる。だから、かなしい。
アイより、カナし。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
【百合】男装の麗人にして悪役令嬢ですが困ってます
鯨井イルカ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまった彼女が、日々ヒロインに悩まされる短い話。
※基本的にコメディですが、百合ものです。
※かなりの不定期更新になる予定です。
さればこそ無敵のルーメン
宗園やや
ファンタジー
数年前に突如現れた魔物は人々の生活に害を与えていた。
魔物が現れた原因は世界を見守るはずの女神側に有るので、女神は特別に魔物を倒せる潜在能力と言う希望を人々に与えた。
そんな潜在能力の中でも特に異質な能力を持った若者達が、魔物を殲滅すべく魔物ハンターとなった。
未亡人クローディアが夫を亡くした理由
臣桜
キャラ文芸
老齢の辺境伯、バフェット伯が亡くなった。
しかしその若き未亡人クローディアは、夫が亡くなったばかりだというのに、喪服とは色ばかりの艶やかな姿をして、毎晩舞踏会でダンスに興じる。
うら若き未亡人はなぜ老齢の辺境伯に嫁いだのか。なぜ彼女は夫が亡くなったばかりだというのに、楽しげに振る舞っているのか。
クローディアには、夫が亡くなった理由を知らなければならない理由があった――。
※ 表紙はニジジャーニーで生成しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる