海賊王と麗人海軍~海洋恋愛浪漫譚~

じゅん

文字の大きさ
上 下
41 / 48
六章 ロバートの過去

ロバートの過去 3

しおりを挟む
「帝国の諜報員なんだろ、アレクサンドラ・ヴァローズ」
 頭を鈍器で殴られたような衝撃を受け、アレクサンドラは足を止めた。
「知って……」
「知っていたさ、初めから」
 ロバートが重厚な扉を開けると、暗い通路に強い明かりが差し込んだ。アレクサンドラは眩しさに目を眇めて、顔の前に手をかざした。
「突っ立ってないで来いよ。オレのことが知りたいんだろ」
 通路脇にランタンを置いて、笑みを浮かべたロバートが肩越しに振り返る。片側の口角を上げて揶揄したような表情だ。そこから敵意は感じないが、なにを考えているのかまでは読めなかった。
「なぜ、私をここに連れてきたの」
 身元が突きとめられているとなれば、むしろアジトに来たアレクサンドラの身が危険なはずだ。
 しかしアレクサンドラは、ロバートに命を取られるイメージが少しもわかなかった。
「来ればわかるさ」
 再びロバートは歩き出す。扉を抜けると、白を基調とした幅広いアーチの豪華な回廊が伸びている。宮殿のようだった。
「ここだ」
 しばらく歩き、ロバートは扉を開けて部屋に入った。
「……ここは」
 いくつも並ぶ大きな窓。そこにかかる緻密なレースのカーテン。マントルピースや天蓋ベッドの柱の繊細な細工。シンプルだが高級な白い壁紙の、広く豪華な部屋。
「私は、この部屋を知っている」
 船から見えた太陽の位置、星の位置、そして舵輪の下に設置してある羅針盤で、船の進んでいる方向はわかっていた。
「ここはオルレニア王国の宮殿」
 そして四年前の仮面舞踏会で、アレクサンドラが髑髏に連れてこられた部屋だった。
 部屋を見回していたアレクサンドラは、壁に寄りかかって腕を組むロバートに視線を向けた。
「あなたは、あの時の髑髏?」
 黒いローブに動物の頭蓋骨を被った、華奢で背の高い男性。
「そうだ」
ロバートはいたずらっ子のように笑った。
「一緒に踊るのを楽しみにしていたのに、会場にアレクサンドラはいなかった。オレはすぐに調べて、アレクサドラがドミール帝国の軍人の娘だと知った」
 王太子の婚礼を祝した大規模なパーティーだ、参加者リストは作成しているだろう。大人ばかりの参列者の中、十四歳の少女を探し出すのは容易かったに違いない。
 ただし、要人ばかりの参加者名簿を一般公開するはずがない。彼はそのリストをチェックできる立場だったのだ。
「あなたは、一体……」
 あの時の髑髏はフランシスと呼ばれていた。ロバートという名は偽名なのか。
 アレクサンドラが一歩踏み出すのと、トントンとドアが叩かれるのは同時だった。
「こんな時に誰だ。アレックス、隣の部屋に衣装部屋がある。見て来いよ」
 ロバートは奥の扉を指さし、部屋から出ていった。
 アレクサンドラは広い部屋に一人で取り残された。
 することもないので、ロバートに示されたドアを開けてみる。先ほどの部屋の半分ほどだが、それでも十分に広い部屋に数百着の服が並んでいた。色とりどりの変わった衣装や被り物で、仮面舞踏会用の服だと思われた。
「これは」
 部屋の手前に置かれているトルソーの前で足を止めた。そのサテンの赤いドレスは、四年前にアレクサンドラが身につけていたものだった。
「あの時、君が着ていたドレスだ。また会えた時に返そうと、大事に保管していたんだよ」
 アレクサンドラは振り返った。
 そこには金色の髪に黒いバンダナを巻き、左目には眼帯をして、膝下まである深紅のジュストコールを羽織った男性が立っていた。
「……ロバート?」
 見た目はロバートのはずだが、アレクサンドラは違和感を覚えた。
 なにかが違う。
「あなたは、誰?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

王国騎士に憧れる村娘は最強装備で成り上がる~あたしの武器だけ毎回違うのが出てくるけど、どれも強いので問題ないです~

虎柄トラ
ファンタジー
この世界の住民は十五歳になると、神の贈り物と呼ばれる神具を授かる。 辺境の地で生まれた少女リーティアもまた今年十五歳となり、夢にまで見た神具を授かるべく、協会に訪れ神に祈りを捧げる。 リーティアが授かった神具は自分の髪色に似た真っ赤な剣。 翌日また自分の神具を顕現させたリーティアだったが、全く知らない神具が顕現したことで大混乱。 神具は生涯で一つのみであり、複数授かった者はこの世界の歴史において、誰一人として存在しなかったからだ。 これは規格外の少女リーティアが、女子禁制の王国騎士団で男装騎士として成り上がっていく物語。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

魔喰のゴブリン~最弱から始まる復讐譚~

岡本剛也
ファンタジー
駆け出しの冒険者であるシルヴァ・ベルハイスは、ダンジョン都市フェルミでダンジョン攻略を生業としていた。 順風満帆とはいかないものの、着実に力をつけてシルバーランク昇格。 そしてついに一つの壁とも言われる十階層の突破を成し遂げた。 仲間との絆も深まり、ここから冒険者としての明るい未来が待っていると確信した矢先——とある依頼が舞い込んできた。 その依頼とは勇者パーティの荷物持ちの依頼。 勇者の戦闘を近くで見られることができ、高い報酬ということもあって引き受けたのだが、この一回の依頼がシルヴァを地獄の底に叩き落されることとなった。 ダンジョン内で勇者達からゴミのような扱いを受け、信頼していた仲間にからも見放され……ダンジョンの奥地に放置されたシルヴァは、匂いに釣られてやってきた魔物に襲われた。 魔物に食われながら、シルヴァが心の底から願ったのは勇者への復讐。 そんな願いが叶ったのか、それとも叶わなかったのか。 事実のほどは神のみぞ知るが、シルヴァは記憶を持ったままとある魔物に転生した。 その魔物とは、最弱と名高いゴブリン。 追い打ちをかけるような最悪な状況に常人なら心が折れてもおかしくない中、シルヴァは折れることなく勇者への復讐を掲げた。 これは最弱のゴブリンに転生したシルヴァが、最強である勇者への復讐を果たす物語。

ツバサを抱いて眠れ

15243822
恋愛
酸いも甘いも経験した三十五歳の平凡主人公はヒロイン枠では活躍しない!? ----------------- 三十五歳のすべてが平凡な主人公・夜丘瑞世は、アパートの隣の部屋に住む美少女に導かれ、強烈な睡魔の後に魔族の住む【ツバサ】という謎の世界で目が覚める。 ……これってまさか異世界転生!?――と思ったのも束の間、あっという間に巨大な化物に殺されて現実世界に。 瑞世は二度と【ツバサ】へ行くつもりはなかったが、「ツバサに隠された『願いを叶える秘宝』を探したい」という美少女の願いを叶えるため、再び美少女と共に夢の中の謎の世界――【ツバサ】へと向かう。 初恋のドイツ人将校(映画の役)に瓜二つの「フォルカー様」や、蠍のような尾がついた巨大な化け猫、電気もガスも薬もない島で病人の治療ができるのは私だけ? ついでに、アパートの隣に住んでいたこの美少女は、実は女神様だった!? 後に【ツバサ】の世界で「女神の共犯者」と呼ばれるようになるアラサー限界主人公が、何度も転げて失敗し挫折し、何度もカムバックしてくる愛とド根性の物語です。

家出令嬢が海賊王の嫁!?〜新大陸でパン屋さんになるはずが巻き込まれました〜

香月みまり
恋愛
20も離れたおっさん侯爵との結婚が嫌で家出したリリ〜シャ・ルーセンスは、新たな希望を胸に新世界を目指す。 新世界でパン屋さんを開く!! それなのに乗り込んだ船が海賊の襲撃にあって、ピンチです。 このままじゃぁ船が港に戻ってしまう! そうだ!麦の袋に隠れよう。 そうして麦にまみれて知ってしまった海賊の頭の衝撃的な真実。 さよなら私の新大陸、パン屋さんライフ〜

処理中です...