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五章 閉ざされた扉
閉ざされた扉 2
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「さて、始めるか」
何者かの声がする。聞き慣れない声だ。
パンツのウエストの紐が緩められたのがわかった。チュニックがめくりあげられる。
「んうう」
アレクサンドラはなにをされるのかを察し、再び暴れはじめた。
「足のロープ解こうぜ。これじゃ開かねえじゃん」
「晒し固てえな、どう解くんだよ」
胸の谷間に、ごつごつとした指が強引に差し入れられる。荒れた指が柔らかい皮膚を乱暴に擦り、痛みが走った。
「そんなの切っちまえよ」
「暴れんな」
いくつもの手が、アレクサンドラの身体を這っている。
気色悪い、いやだ。
声にならない声を上げる。恐怖で身体がすくみ上る。
「すげースベスベだ」
「柔らけえ。男みたいなナリをしていても、やっぱ女だな」
下衆な言葉に嫌悪感が走る。
足のロープが切られた。
まだ足を掴まれてはいるが、ロープで固定されている時よりは自由がきいた。
チャンスだ。
仰向けに寝かされているアレクサンドラは右足を持ち上げて、かかとを床にたたきつける。仕込んでいたナイフがつま先から飛び出した。即座に足を掴んでいる男がいるであろう位置を蹴り上げる。なにかにかすった感触があった。
「うわあっ」
足が自由になった。
アレクサンドラは足を大きく回転させるように振り上げた。男たちの驚嘆の声と悲鳴が聞こえた。
押さえこまれていた複数の手がなくなった。その隙にアレクサンドラは素早く手首のロープを切り、顔中に巻かれていた布を取った。
アレクサンドラは拘束されていたあらゆるものから解放された。
片膝と片手をついた低い姿勢で、手負いの獣のように殺気を放ちながら、アレクサンドラは周囲を見回した。
そこには驚愕の表情を浮かべているクリスとその取り巻きたちが五人集まっていた。取り巻きたちは腕や足などの切り傷に手を当てている。
「クリスの指示か」
アレクサンドラが睥睨すると、クリスはびくりと肩をすくませた。
突然のことにアレクサンドラは気が動転したが、荒くれ者の集団に飛び込むのだ、もしものことを考えていないわけがなかった。
腰にはカトラスがある。アレクサンドラは軍人だ。拘束がなくなった今、訓練していない男たち六人など敵ではない。
「なんの騒ぎだ」
ロバートが船倉に入ってきた。クリスたちは「どうしてキャプテンが」などと言って動揺している。
「ケンカか。仲間割れは罰。どちらが仕掛けた」
どう見ても一対六で、しかもアレクサンドラの周囲には縛られていたロープなどが落ちていた。アレクサンドラの手足には擦り切れて赤くなったローブの跡がついている。
「おまえら……」
なにが起こったのか悟ったのだろうロバートが眉をつり上げた。
「鞭打ちと船底くぐり、どちらか選べ」
ロバートは表情を怒らせたまま腕を組み、クリスたち六人を睨み上げた。
「そんなっ」
「あんなの無理だ」
「俺たちはクリスに頼まれただけで」
「キャプテン、勘弁してください」
「ちょっと、なんだよそれ。おまえたちが暴走しはじめたんだろ。ボクはここまでしろとは言ってないっ」
クリスたちは揉め始めた。
やっと呼吸が落ち着いたアレクサンドラは立ち上がって、仕込みナイフを元に戻した。
「誤解です、キャプテン・ロバート」
「なにがだ」
ロバートはアレクサンドラに視線を向けた。
「クリスたちと狭い場所での戦いの訓練をしていただけ。私がやりすぎて彼らに怪我をさせてしまった。傷は浅いようだけど、念のため早く治療をしたほうがいい。ね、クリス」
アレクサンドラはクリスに歩み寄り、親し気に肩に手を置いた。クリスはムッとした表情で黙っている。
「そうなんだ、訓練だ」
「じゃあ俺たち、先生のところで手当てしてもらってくるわ」
取り巻きたちはアレクサンドラに話を合わせて、次々と逃げるように部屋から出ていく。
アレクサンドラは少し低い位置にあるクリスの耳元に口を近づけた。
「ひとつ貸しだからね」
笑みを作って見せると、クリスは悔しそうに顔をゆがませて、走って部屋を出て行った。
その後ろ姿が見えなくなると、アレクサンドラは壁に背をついて大きく息をついた。
「……危なかった」
もしもの仕込みが役に立った。不意打ちで簀巻きにされてしまっては、必死に身に着けた剣技も役に立たない。
気が抜けて、そのまま壁に寄りかかるように座り込んでしまう。今更ながら、身体が震えた。
何者かの声がする。聞き慣れない声だ。
パンツのウエストの紐が緩められたのがわかった。チュニックがめくりあげられる。
「んうう」
アレクサンドラはなにをされるのかを察し、再び暴れはじめた。
「足のロープ解こうぜ。これじゃ開かねえじゃん」
「晒し固てえな、どう解くんだよ」
胸の谷間に、ごつごつとした指が強引に差し入れられる。荒れた指が柔らかい皮膚を乱暴に擦り、痛みが走った。
「そんなの切っちまえよ」
「暴れんな」
いくつもの手が、アレクサンドラの身体を這っている。
気色悪い、いやだ。
声にならない声を上げる。恐怖で身体がすくみ上る。
「すげースベスベだ」
「柔らけえ。男みたいなナリをしていても、やっぱ女だな」
下衆な言葉に嫌悪感が走る。
足のロープが切られた。
まだ足を掴まれてはいるが、ロープで固定されている時よりは自由がきいた。
チャンスだ。
仰向けに寝かされているアレクサンドラは右足を持ち上げて、かかとを床にたたきつける。仕込んでいたナイフがつま先から飛び出した。即座に足を掴んでいる男がいるであろう位置を蹴り上げる。なにかにかすった感触があった。
「うわあっ」
足が自由になった。
アレクサンドラは足を大きく回転させるように振り上げた。男たちの驚嘆の声と悲鳴が聞こえた。
押さえこまれていた複数の手がなくなった。その隙にアレクサンドラは素早く手首のロープを切り、顔中に巻かれていた布を取った。
アレクサンドラは拘束されていたあらゆるものから解放された。
片膝と片手をついた低い姿勢で、手負いの獣のように殺気を放ちながら、アレクサンドラは周囲を見回した。
そこには驚愕の表情を浮かべているクリスとその取り巻きたちが五人集まっていた。取り巻きたちは腕や足などの切り傷に手を当てている。
「クリスの指示か」
アレクサンドラが睥睨すると、クリスはびくりと肩をすくませた。
突然のことにアレクサンドラは気が動転したが、荒くれ者の集団に飛び込むのだ、もしものことを考えていないわけがなかった。
腰にはカトラスがある。アレクサンドラは軍人だ。拘束がなくなった今、訓練していない男たち六人など敵ではない。
「なんの騒ぎだ」
ロバートが船倉に入ってきた。クリスたちは「どうしてキャプテンが」などと言って動揺している。
「ケンカか。仲間割れは罰。どちらが仕掛けた」
どう見ても一対六で、しかもアレクサンドラの周囲には縛られていたロープなどが落ちていた。アレクサンドラの手足には擦り切れて赤くなったローブの跡がついている。
「おまえら……」
なにが起こったのか悟ったのだろうロバートが眉をつり上げた。
「鞭打ちと船底くぐり、どちらか選べ」
ロバートは表情を怒らせたまま腕を組み、クリスたち六人を睨み上げた。
「そんなっ」
「あんなの無理だ」
「俺たちはクリスに頼まれただけで」
「キャプテン、勘弁してください」
「ちょっと、なんだよそれ。おまえたちが暴走しはじめたんだろ。ボクはここまでしろとは言ってないっ」
クリスたちは揉め始めた。
やっと呼吸が落ち着いたアレクサンドラは立ち上がって、仕込みナイフを元に戻した。
「誤解です、キャプテン・ロバート」
「なにがだ」
ロバートはアレクサンドラに視線を向けた。
「クリスたちと狭い場所での戦いの訓練をしていただけ。私がやりすぎて彼らに怪我をさせてしまった。傷は浅いようだけど、念のため早く治療をしたほうがいい。ね、クリス」
アレクサンドラはクリスに歩み寄り、親し気に肩に手を置いた。クリスはムッとした表情で黙っている。
「そうなんだ、訓練だ」
「じゃあ俺たち、先生のところで手当てしてもらってくるわ」
取り巻きたちはアレクサンドラに話を合わせて、次々と逃げるように部屋から出ていく。
アレクサンドラは少し低い位置にあるクリスの耳元に口を近づけた。
「ひとつ貸しだからね」
笑みを作って見せると、クリスは悔しそうに顔をゆがませて、走って部屋を出て行った。
その後ろ姿が見えなくなると、アレクサンドラは壁に背をついて大きく息をついた。
「……危なかった」
もしもの仕込みが役に立った。不意打ちで簀巻きにされてしまっては、必死に身に着けた剣技も役に立たない。
気が抜けて、そのまま壁に寄りかかるように座り込んでしまう。今更ながら、身体が震えた。
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