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三章 無血の海賊王
無血の海賊王 6
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「チャンスだ」
ロバートには必ず誰かが傍にいた。話しかけることはできても、探りを入れられるような隙はなかった。
アレクサンドラは見張り台に向かった。
見張り台は二十メートルほどの高さにあり、万が一落ちれば死に至ることもある。飲酒していることもあり、アレクサンドラは慎重に縄梯子を登った。
「キャプテン、一緒に飲みませんか」
見張り台に到着すると、ロバートは片膝を立てて、手摺りに背中を預けて座っていた。帆柱を中心にした円形の足場は、大人が四人もいれば窮屈になるくらいの面積だ。
ロバートは昼間とは違い、トライコーンもバンダナも外しているので、金髪が月明りを反射して輝いていた。二重のはっきりとした碧眼は、いつ見ても吸い込まれそうになる。身長もエドワードとほとんど変わらず長身で、百八十センチ半ばくらいだろう。
ロバートは夜には眼帯をしていない。本人に尋ねると、眼帯をするのは片目が悪いのではなく、明るい甲板から暗い船倉に降りる時に、眼帯を逆につければすぐに順応できるからだそうだ。
ロバートは視線だけアレクサンドラに向けた。
「いいぜ。来ると思っていたよ、アレックス」
「え?」
見張り台の床に胡座をかき、鞄から酒瓶を取り出していたアレクサンドラの手が止まった。
「オレに話があるんだろ」
日々のアレクサンドラの視線に気づいていたのだろうか。もしかすると、アレクサンドラが追いかけてくるのを見越して、一人で見張り台に登ってきたのかもしれない。だとしたら、ロバートがアレクサンドラと二人きりになるメリットがあるのだろうか。
様々なことが頭を巡るが、不敵に笑うロバートの碧眼からは考えが読めなかった。アレクサンドラの緊張感が増す。
「まあ飲もうや。注いでくれよ」
「は、はい」
慌ててコップに酒を注いだ。蝋燭の入ったカンテラが柱にかかっているが、暗くてどれくらい酒が入ったのか見えなかった。
「力を抜けって、仲間だろ。ほら、乾杯」
杯をかさね、景気づけにと一気に飲み干そうとしたアレクサンドラは途中でむせてしまった。喉が焼けるように熱い。適当に持ってきた酒は、もう飲まないと決めていたラム酒だった。
「弱いくせに粋がるな。大丈夫か」
「ワインかと思って……」
「いくら暗いからって匂いでわかるだろうが」
ごもっとも。
「気持ちが悪い……」
アレクサンドラはコップを置いて、口元を押さえた。
「おいおい、酔いが醒めてからじゃねえと降りられないぞ。おまえ、なにしに来たんだよ」
まったくだ。せっかくの機会なのに話せないままロバートが去ってしまっては、後悔してもしきれない。
「キャプテン、降りないでいてください。すぐに醒めます」
アレクサンドラはジュストコールの端を掴んでロバートに頼んだ。
「心配しなくても置いていかねえよ。膝を貸してやるから、横になれ」
「……え」
今、膝を貸すと聞こえたが。
「ほら、頭をのせろって。顎をあげてゆっくり深呼吸だ」
ロバートに導かれるまま、アレクサンドラは横たわった。喉の気道が開いて呼吸がしやすくなる。無防備に急所の喉を晒すことに戸惑いはあったが、恐怖心はなかった。ロバートに危害を加えられるとは思えなかった。酔って判断が鈍っているだけなのだろうか。
深く呼吸していると、一時的に不快な浮遊感に襲われたが、それも徐々に治まっていった。熱くなった身体は夜の潮風が冷ましてくれる。
「だいぶ落ち着きました。ありがとうございます」
「そうか、よかったな」
無意識のうちに強く閉じていた瞼を開くと、優しい笑みを浮かべたロバートと目が合い、アレクサンドラはドキリとした。
「しばらくそのままでいるといい」
ロバートはアレクサンドラの肩に片手を置いて、もう片方の手でコップを持ち、立てた膝で肘を支えながら杯を煽った。
夜空を眺めるロバートの横顔を見ながら、アレクサンドラは不思議な気持ちになった。この近海一の海賊王であることに間違いはないのに、野心や欲のような覇気が全く感じられない。凪いだ海のように穏やかで、昼間の太陽のように温かかった。
「キャプテンは、なぜ海賊になったんですか」
ロバートの視線が下りてきた。
ロバートには必ず誰かが傍にいた。話しかけることはできても、探りを入れられるような隙はなかった。
アレクサンドラは見張り台に向かった。
見張り台は二十メートルほどの高さにあり、万が一落ちれば死に至ることもある。飲酒していることもあり、アレクサンドラは慎重に縄梯子を登った。
「キャプテン、一緒に飲みませんか」
見張り台に到着すると、ロバートは片膝を立てて、手摺りに背中を預けて座っていた。帆柱を中心にした円形の足場は、大人が四人もいれば窮屈になるくらいの面積だ。
ロバートは昼間とは違い、トライコーンもバンダナも外しているので、金髪が月明りを反射して輝いていた。二重のはっきりとした碧眼は、いつ見ても吸い込まれそうになる。身長もエドワードとほとんど変わらず長身で、百八十センチ半ばくらいだろう。
ロバートは夜には眼帯をしていない。本人に尋ねると、眼帯をするのは片目が悪いのではなく、明るい甲板から暗い船倉に降りる時に、眼帯を逆につければすぐに順応できるからだそうだ。
ロバートは視線だけアレクサンドラに向けた。
「いいぜ。来ると思っていたよ、アレックス」
「え?」
見張り台の床に胡座をかき、鞄から酒瓶を取り出していたアレクサンドラの手が止まった。
「オレに話があるんだろ」
日々のアレクサンドラの視線に気づいていたのだろうか。もしかすると、アレクサンドラが追いかけてくるのを見越して、一人で見張り台に登ってきたのかもしれない。だとしたら、ロバートがアレクサンドラと二人きりになるメリットがあるのだろうか。
様々なことが頭を巡るが、不敵に笑うロバートの碧眼からは考えが読めなかった。アレクサンドラの緊張感が増す。
「まあ飲もうや。注いでくれよ」
「は、はい」
慌ててコップに酒を注いだ。蝋燭の入ったカンテラが柱にかかっているが、暗くてどれくらい酒が入ったのか見えなかった。
「力を抜けって、仲間だろ。ほら、乾杯」
杯をかさね、景気づけにと一気に飲み干そうとしたアレクサンドラは途中でむせてしまった。喉が焼けるように熱い。適当に持ってきた酒は、もう飲まないと決めていたラム酒だった。
「弱いくせに粋がるな。大丈夫か」
「ワインかと思って……」
「いくら暗いからって匂いでわかるだろうが」
ごもっとも。
「気持ちが悪い……」
アレクサンドラはコップを置いて、口元を押さえた。
「おいおい、酔いが醒めてからじゃねえと降りられないぞ。おまえ、なにしに来たんだよ」
まったくだ。せっかくの機会なのに話せないままロバートが去ってしまっては、後悔してもしきれない。
「キャプテン、降りないでいてください。すぐに醒めます」
アレクサンドラはジュストコールの端を掴んでロバートに頼んだ。
「心配しなくても置いていかねえよ。膝を貸してやるから、横になれ」
「……え」
今、膝を貸すと聞こえたが。
「ほら、頭をのせろって。顎をあげてゆっくり深呼吸だ」
ロバートに導かれるまま、アレクサンドラは横たわった。喉の気道が開いて呼吸がしやすくなる。無防備に急所の喉を晒すことに戸惑いはあったが、恐怖心はなかった。ロバートに危害を加えられるとは思えなかった。酔って判断が鈍っているだけなのだろうか。
深く呼吸していると、一時的に不快な浮遊感に襲われたが、それも徐々に治まっていった。熱くなった身体は夜の潮風が冷ましてくれる。
「だいぶ落ち着きました。ありがとうございます」
「そうか、よかったな」
無意識のうちに強く閉じていた瞼を開くと、優しい笑みを浮かべたロバートと目が合い、アレクサンドラはドキリとした。
「しばらくそのままでいるといい」
ロバートはアレクサンドラの肩に片手を置いて、もう片方の手でコップを持ち、立てた膝で肘を支えながら杯を煽った。
夜空を眺めるロバートの横顔を見ながら、アレクサンドラは不思議な気持ちになった。この近海一の海賊王であることに間違いはないのに、野心や欲のような覇気が全く感じられない。凪いだ海のように穏やかで、昼間の太陽のように温かかった。
「キャプテンは、なぜ海賊になったんですか」
ロバートの視線が下りてきた。
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