海賊王と麗人海軍~海洋恋愛浪漫譚~

じゅん

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二章 ロバート海賊団

ロバート海賊団 3

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 エドワードの様子がおかしい。
 アレクサンドラは目を凝らした。
 エドワードの震える拳から、腕を伝って、血が流れている。
「血……、審判、止めて!」
 アレクサンドラの声にブッチャーが流血を確認した。爪が食い込んだなんて量ではない。狐男が、針か剃刀の類を手に仕込んでいたのだろう。
「止めるな!」
 叫んだのはエドワードだ。すっと通った鼻先から、そして顎からも汗が滴っている。
「だって、エド!」
 エドワードの手首が返り、更に狐男に押される。鮮血が幾筋にもなり、テーブルに血だまりができた。周囲の男たちも流血に気づいて色めき立ち、声援のボルテージが高まった。
「こんな卑怯者には、……負けん!」
 エドワードは歯ぎしりが聞こえそうなほど歯を食いしばり、額や腕にあらゆる血管を浮かびあがらせた。左手で掴むテーブルに亀裂が入る。咆哮をあげて、エドワードは握った相手の拳をテーブルに叩きつけた。
「勝者、エドワード!」
「おおおおおおっ!」
 大歓声が上がる。
「エド、エド、手!」
 アレクサンドラがエドワードに駆け寄った。エドワードの指の付け根に、五センチほどの剃刀が二枚食い込んでいた。
「動かしてはならん、こちらに来なさい」
 先ほどの医師がエドワードを促した。
「連戦じゃなかったのかよ」
「次どうすんだ」
 歓声とブーイングの嵐の中、ロバートが手をあげて注目を集める。
「エドには男気を見せてもらったからな。今の一戦で、二人分の勝ちにしてやる。次にエドとやるはずだった奴、特別に、このオレが相手をしてやるよ。言っとくが、仕込みは反則負けにするからな」
 ロバートの言葉にまた歓声が上がり、ロバートコールと賭け直しが始まった。
 ロバートは膝まである深紅のジュストコールをマントのように翻して、二階から飛び降りた。真っ直ぐにカウンターに向かうと、処置を受けているエドワードと、その隣に座るアレクサンドラの肩に手をのせた。
「面白いもん見せてもらったから、この嘘はチャラにしてやる」
 ロバートはアレクサンドラが布で押さえている傷に目配せし、ウインクをしてフロア中央に歩いていった。
「食えない男だ」
 エドワードは眉をつり上げる。
「無茶をするでない。もう少しで、指が動かなくなっていたところじゃ」
医師は顰め面をして治療している。
「そうだよ、こんなに血を流して。エドになにかあったら、私……」
 アレクサンドラはエドワードの額の汗を拭いながら、泣きたくなるのをこらえた。元はといえば、自分がアームレスリングに出なかったことが原因だ。海賊島に来てから、エドワードに迷惑ばかりかけている。
「でもエドは格好よかったよ! 一番格好いいのは、キャプテンだけどね」
 目を輝かせているのは、ホットミルクを飲んでいるナチュラルブラウンの髪の少年だ。十二歳で、ピエールだと名乗った。アレクサンドラは予定どおり、アレックスと呼んでほしいと伝えた。
「キャプテン・ロバートは、随分と人気があるんだね」
 アレクサンドラがフロアに目を向けると、ロバートと入団希望者との対戦が始まろうとしていた。相手はロバートの二倍は体積がありそうな大男だ。
「当然だよ、キャプテンはこの街の救世主、ヒーローなんだから!」
 ピエールは拳を握った。
「そういえばさっき、街を立て直したと言っていたな」
 そう言ったのは、治療が終わって包帯が巻かれた右手を眺めていたエドワードだ。指先の感覚を確かめている。
「うん。キャプテンが来るまで、ここは酷い街だったんだ。それは海賊たちのせいなんだけど、僕も海賊が大嫌いで……。あれ、僕たちも海賊か。じいじ先生、どこから話せばいいのかな」
「ふぉっふぉ、上手に話そうとしなくていいんじゃよ」
 医師が皺だらけの手を小さな頭にのせると、ピエールは嬉々として話しだした。
 元々ジャスターク国は農漁業を生業とし、地産地消で他国との交流は殆どなかった。しかし、穏やかだった漁村を海賊が襲い、住み着いてしまった。その情報が流れ、次々と海賊たちがやってきた。補給地として便利な位置にある島なのだ。
 海賊たちの財宝を目当てに商人が集まり、商業が盛んになるが、荒くればかりで無秩序な状態だった。犯罪、ドラッグ、売春、なんでもありだ。
「私はそのイメージが強かったから、港に着いて驚いたよ」
「十年以上荒れていたからな」
 アレクサンドラの言葉に、医師が頷いた。
「ジャスターク政府はどうしていたんだ?」
 エドワードが尋ねた。
「海賊が内陸に来ないことをいいことに、見て見ぬふりじゃった。他国の軍艦が湾を攻撃しても、咎めもしなかった」
「僕のお父さんやお母さんも、そんな争いの中でいなくなっちゃったんだ。だけど四年前、キャプテンが変えてくれた」
「どうやって?」
 エドワードは医師を促した。
「キャプテンはジャスターク国に私財を投資して、政府と手を組んでインフラと法の整備を行ったんじゃ。治安回復のため警備を強化させ、関所を設けて、ルールを守らない海賊の出入りを禁じた。治安のいい街には質のいい商人がやってくる。街が、そして国が発展する。それを条件に、政府に海賊の受け入れを公に標榜させ、他国の軍隊が攻め入る口実もなくした。……というわけじゃな」
 あまり年寄りを喋らせるなと言って、医師は果実酒を煽った。
「じいじ先生の言ってること、よくわからなかった」
「街が元気になったのは、キャプテンのおかげだと言ったんじゃ」
「それは知ってる! そうだよ、だから僕はキャプテンに憧れて、お願いして海賊団に入れてもらったんだ」
 アレクサンドラは混乱した。治安を守る海賊なんて、あべこべだ。
「私財まで投げ打って、キャプテン・ロバートになんのメリットがあるんだ。そもそも、ロバートは何者なんだ」
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