11 / 48
一章 旅立ち
旅立ち 8
しおりを挟む
「ひったくりだ。エド、荷を取られた。追いかける!」
アレクサンドラは逆方向の流れに入り、ひったくり犯を追った。
「待てアレックス!」
エドワードは人波をかき分けながら、慌ててアレクサンドラを追いかけた。
「捕まえたぞ!」
フードの小男の肩を掴んだアレクサンドラは、足払いを仕掛けて男を投げ飛ばした。携帯していた腰のレイピアを抜いて、男の鼻先に突き付ける。
「荷物を置いて、さっさと消えろ」
憲兵にでも突き出したいところだが、これから海賊になろうとしている身で目立ちたくはない。
男が逃げ出したので、アレクサンドラはレイピアを一振りして鞘に収めた。荷物の中身を確認して道具が壊れていないことを確認する。
「油断も隙もあったものじゃないな」
大事そうに荷物を抱えつつ、男が剣で抵抗してこなくてよかったと内心ほっとした。路地が狭くて長剣は扱いにくい。といって、ダガーでは心許なかった。
「どこだ、ここは」
陽の差し込まない、大人二人が並ぶのがやっとの細い路地だった。飲み屋街の裏なのか、あちこちから陽気な笑い声が聞こえてくる。
男を追いかけている時間は、それほど長くはなかった。遠くには人ごみと喧騒が聞こえるので、メインストリートから一本入り、並行に走っている路地裏だろうと判断した。
「止められた裏路地に来てしまうとは、エドに怒られるな。早く戻らなきゃ」
これは不可抗力だと心の中で言い訳をする。それでもばつが悪い。メインストリートで、抱えている荷物を堂々とひったくられると思っていなかった。
「新入りか。荷物をそこに置いて行きな」
石階段の死角になって見えなかったが、男たちが道端でダイスを使って賭博をしていたらしい。六人のうちの一人が立ち上がり、アレクサンドラに話しかけて来た。髭を生やした四十代ほどの男で、日に焼けた逞しい肉体を誇っていた。この町に滞在する海賊の一人なのだろう。空いた酒瓶がいくつか転がっていることから、かなり酔っているようだ。
「通行料が必要? なら別の道を探すよ」
「おっと、逃がさねえぜ」
別の男が機敏な動きでアレクサンドラの背後に回る。あっという間にアレクサンドラは男たちに挟まれた。
「金目のものは入っていないというのに、よく狙われる荷だ」
アレクサンドラはレイピアの柄に手をかけるが、抜くか迷う。
「頼りない剣だな。大人しく言うこと聞いとけ」
男たちはカトラスを手にして、下卑た笑いを浮かべている。カトラスは刀身に幅があって湾曲し、小回りが利く刀だ。こういう狭い路地や船上で威力を発揮する。切りつけられたら、ひとたまりもないだろう。
「賑わっていても、やっぱり荒くれの街か。まいったな」
腕に覚えがあり、多少のことがあっても大丈夫だと高を括っていたアレクサンドラだったが、不利な地形に飛び込んでしまい、内心焦っていた。見くびられないように表情には出さないようにしていたが、握った手に冷や汗が滲んでいた。素直に荷物を渡した方がいいと思うが、愛用の航海道具は貴重なものもあり、手放すのは惜しかった。
「こっちだ」
後ろから声が聞こえたのと同時に、腕を引っ張られた。
「エド!」
「こいつら、さっきのひったくりじゃないだろ。なんでこんな短時間に、何度も襲われるんだ」
「私が知りたいよ」
アレクサンドラを囲っていたうちの二人が、エドワードに伸されて湿った路地に転がっていた。アレクサンドラたちが後退したことで、四人の男たちと対峙することになった。
「おっ、荷物がもう一つ増えたな。手荒なことはしないでやろうと思っていたが、先に手を出したのはそっちだぞ」
男たちが本格的に剣を構える。エドワードはアレクサンドラを背後に庇いながら、自身のカトラスを抜いた。エドワードもアレクサンドラと同じく普段はレイピアを帯刀していた。しかし海賊島で必要になることを見越して準備していたのだ。
「四人を相手にするのは厳しいな。逃げるにしても土地勘がない」
「ごめん、荷物を渡しておくべきだった。私は助けを呼んでくるよ」
「下手なのを捕まえたら、逆にこいつらの仲間を増やすことになるかもしれないぞ」
八方塞がりだった。
「私のせいでエドに怪我をさせられない。エドは逃げて」
アレクサンドラはダガーを抜いて、エドワードの隣に並んだ。
「そんなもので相手になるか。危ないから下がっていろ」
「やってみなきゃわからないよ」
二人の掛け合いに、男たちはじれてきた。
「やっちまえ!」
――その時、アレクサンドラの目の前に、赤い疾風が走った。
次の瞬間には、四人の男たちが倒れていた。
「なにがやっちまえだ。何様のつもりだ!」
膝まである深紅のジュストコールを翻した人物が叫んだ。先頭の男を蹴り倒し、他の男たちはドミノのように押し倒された。
豪奢な深紅のダマスク織りのジュストコール。黒い乗馬パンツに革のロングブーツ、肩近くまである金髪の頭には黒いバンダナを巻いていた。指や首回りには豪華な宝石が光り、左目に眼帯をしている。
アレクサンドラは目を見開いた。
「まさか」
隻眼の赤い死神。
「……ロバート?」
アレクサンドラの呟きは、蹴り倒された男の叫び声にかき消された。
アレクサンドラは逆方向の流れに入り、ひったくり犯を追った。
「待てアレックス!」
エドワードは人波をかき分けながら、慌ててアレクサンドラを追いかけた。
「捕まえたぞ!」
フードの小男の肩を掴んだアレクサンドラは、足払いを仕掛けて男を投げ飛ばした。携帯していた腰のレイピアを抜いて、男の鼻先に突き付ける。
「荷物を置いて、さっさと消えろ」
憲兵にでも突き出したいところだが、これから海賊になろうとしている身で目立ちたくはない。
男が逃げ出したので、アレクサンドラはレイピアを一振りして鞘に収めた。荷物の中身を確認して道具が壊れていないことを確認する。
「油断も隙もあったものじゃないな」
大事そうに荷物を抱えつつ、男が剣で抵抗してこなくてよかったと内心ほっとした。路地が狭くて長剣は扱いにくい。といって、ダガーでは心許なかった。
「どこだ、ここは」
陽の差し込まない、大人二人が並ぶのがやっとの細い路地だった。飲み屋街の裏なのか、あちこちから陽気な笑い声が聞こえてくる。
男を追いかけている時間は、それほど長くはなかった。遠くには人ごみと喧騒が聞こえるので、メインストリートから一本入り、並行に走っている路地裏だろうと判断した。
「止められた裏路地に来てしまうとは、エドに怒られるな。早く戻らなきゃ」
これは不可抗力だと心の中で言い訳をする。それでもばつが悪い。メインストリートで、抱えている荷物を堂々とひったくられると思っていなかった。
「新入りか。荷物をそこに置いて行きな」
石階段の死角になって見えなかったが、男たちが道端でダイスを使って賭博をしていたらしい。六人のうちの一人が立ち上がり、アレクサンドラに話しかけて来た。髭を生やした四十代ほどの男で、日に焼けた逞しい肉体を誇っていた。この町に滞在する海賊の一人なのだろう。空いた酒瓶がいくつか転がっていることから、かなり酔っているようだ。
「通行料が必要? なら別の道を探すよ」
「おっと、逃がさねえぜ」
別の男が機敏な動きでアレクサンドラの背後に回る。あっという間にアレクサンドラは男たちに挟まれた。
「金目のものは入っていないというのに、よく狙われる荷だ」
アレクサンドラはレイピアの柄に手をかけるが、抜くか迷う。
「頼りない剣だな。大人しく言うこと聞いとけ」
男たちはカトラスを手にして、下卑た笑いを浮かべている。カトラスは刀身に幅があって湾曲し、小回りが利く刀だ。こういう狭い路地や船上で威力を発揮する。切りつけられたら、ひとたまりもないだろう。
「賑わっていても、やっぱり荒くれの街か。まいったな」
腕に覚えがあり、多少のことがあっても大丈夫だと高を括っていたアレクサンドラだったが、不利な地形に飛び込んでしまい、内心焦っていた。見くびられないように表情には出さないようにしていたが、握った手に冷や汗が滲んでいた。素直に荷物を渡した方がいいと思うが、愛用の航海道具は貴重なものもあり、手放すのは惜しかった。
「こっちだ」
後ろから声が聞こえたのと同時に、腕を引っ張られた。
「エド!」
「こいつら、さっきのひったくりじゃないだろ。なんでこんな短時間に、何度も襲われるんだ」
「私が知りたいよ」
アレクサンドラを囲っていたうちの二人が、エドワードに伸されて湿った路地に転がっていた。アレクサンドラたちが後退したことで、四人の男たちと対峙することになった。
「おっ、荷物がもう一つ増えたな。手荒なことはしないでやろうと思っていたが、先に手を出したのはそっちだぞ」
男たちが本格的に剣を構える。エドワードはアレクサンドラを背後に庇いながら、自身のカトラスを抜いた。エドワードもアレクサンドラと同じく普段はレイピアを帯刀していた。しかし海賊島で必要になることを見越して準備していたのだ。
「四人を相手にするのは厳しいな。逃げるにしても土地勘がない」
「ごめん、荷物を渡しておくべきだった。私は助けを呼んでくるよ」
「下手なのを捕まえたら、逆にこいつらの仲間を増やすことになるかもしれないぞ」
八方塞がりだった。
「私のせいでエドに怪我をさせられない。エドは逃げて」
アレクサンドラはダガーを抜いて、エドワードの隣に並んだ。
「そんなもので相手になるか。危ないから下がっていろ」
「やってみなきゃわからないよ」
二人の掛け合いに、男たちはじれてきた。
「やっちまえ!」
――その時、アレクサンドラの目の前に、赤い疾風が走った。
次の瞬間には、四人の男たちが倒れていた。
「なにがやっちまえだ。何様のつもりだ!」
膝まである深紅のジュストコールを翻した人物が叫んだ。先頭の男を蹴り倒し、他の男たちはドミノのように押し倒された。
豪奢な深紅のダマスク織りのジュストコール。黒い乗馬パンツに革のロングブーツ、肩近くまである金髪の頭には黒いバンダナを巻いていた。指や首回りには豪華な宝石が光り、左目に眼帯をしている。
アレクサンドラは目を見開いた。
「まさか」
隻眼の赤い死神。
「……ロバート?」
アレクサンドラの呟きは、蹴り倒された男の叫び声にかき消された。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
魔王と囚われた王妃 ~断末魔の声が、わたしの心を狂わせる~
長月京子
恋愛
絶世の美貌を謳われた王妃レイアの記憶に残っているのは、愛しい王の最期の声だけ。
凄惨な過去の衝撃から、ほとんどの記憶を失ったまま、レイアは魔界の城に囚われている。
人界を滅ぼした魔王ディオン。
逃亡を試みたレイアの前で、ディオンは共にあった侍女のノルンをためらいもなく切り捨てる。
「――おまえが、私を恐れるのか? ルシア」
恐れるレイアを、魔王はなぜかルシアと呼んだ。
彼と共に過ごすうちに、彼女はわからなくなる。
自分はルシアなのか。一体誰を愛し夢を語っていたのか。
失われ、蝕まれていく想い。
やがてルシアは、魔王ディオンの真実に辿り着く。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい
宇水涼麻
恋愛
ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。
「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」
呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。
王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。
その意味することとは?
慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?
なぜこのような状況になったのだろうか?
ご指摘いただき一部変更いたしました。
みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。
今後ともよろしくお願いします。
たくさんのお気に入り嬉しいです!
大変励みになります。
ありがとうございます。
おかげさまで160万pt達成!
↓これよりネタバレあらすじ
第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。
親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。
ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる