海賊王と麗人海軍~海洋恋愛浪漫譚~

じゅん

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一章 旅立ち

旅立ち 5

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「エド、どうしたの?」
 突然のことにアレクサンドラは驚いた。いつも紳士的なエドワードが、女性の部屋にノックもせずに入ってくるなど考えられない事態だった。
「それはこっちのセリフだ。ジャスターク国に行くのか」
「任務だからね」
「追放だ!」
 寡黙な部類に入るエドワードが珍しく激昂していた。
「危険すぎる。閣下も本気で行かせるつもりはないはずだ」
「そうだね。辞職すると思っていたみたい。私が受けると言ったら驚いていたよ」
 アレクサンドラはハサミを鏡台に置いて肩をすくめた。
「わかってるじゃないか」
「だけどエド。私は初めて、まともな任務を与えられたんだ」
 海軍卿の意図などわかっていた。
 それでもアレクサンドラは嬉しかった。
「人生の転機になると思うんだ」
「意地をはるな。もう辞めろ。俺がもらってやる」
「なにを言って……」
 アレクサンドラは腕を引かれ、エドワードに抱きしめられた。軍服越しに厚い胸板を感じる。仄かに潮の香りがした。
「幼いころからおまえを見てきた。融通が利かないほど真っ直ぐなことも、努力家なことも俺は知っている。無理にドレスを着ろとは言わない。俺の傍で自然体でいればいい」
「エド……」
 そんな風に見てくれているとは思わなかった。兄の親友だから、妹のように気にかけてくれているのだと思っていた。
驚いたアレクサンドラが顔をあげると、至近距離で真剣な眼差しとぶつかり、ドキリとした。
「俺に嫁いで来い」
「私は……」
 エドワードの言葉にアレクサンドラは揺れた。
 彼ならきっと、ありのままの自分を受け入れてくれるに違いない。あらゆる面で、アレクサンドラには身に余る人物だ。軍人としてだけではなく人生の先が見えない今、この逞しい胸にすがってしまいたい気持ちもあった。
 しかし。
なぜ軍人を目指したのか、アレクサンドラは初心を思い返した。
未知の世界を航海すること。正義の道で精一杯生きたいと思ったこと。
しかし現実の軍隊は、正義だけでなりたっているのではなかった。しかも自分は必要とされていないと思い知らされた。
それでも、今回の任務には心惹かれるものがあった。未知なる遠い国に行くことで、運命を変えてくれる予感がしていた。
アレクサンドラは決意をして顔を上げた。
「やっぱり行くよ。ありがとう。エドの言葉は嬉しかった」
アレクサンドラはエドワードから離れた。
エドワードの家庭に入るという具体的なヴィジョンを与えられ、改めて、軍人としての道を選びたいと確信できた。
「危険だとわかっていて、なぜ行くんだ」
「私は、まだなに一つ成し遂げていない。このまま逃げ出したら、この先の人生も逃げてばかりになってしまいそうだ」
 アレクサンドラは壁にかかった額に目を向けた。海軍卿の執務室に貼ってあったものと同じ、空白の多い市販の世界地図だった。
「それに、この目で広い世界が見たいんだ」
「そうか。……まあ、そう言うと思っていた」
 エドワードはふっと笑って腰に手を当てた。
「俺もついて行ってやる」
「えっ、なにを言っての。そんなことしたら出世コースから外れるよ」
 兄と違って順調なのに、とは兄の名誉のためにのみ込んでおいた。
「もう上の許可はとってある。おまえに単独行動をさせると無茶をしそうだからな」
「エド自身が言ったんでしょ、これは追放だって。エドは捨てるものが多すぎるよ」
 エドワードは有能で、家柄も爵位もある。軍でも家でも肩身の狭いアレクサンドラとは大違いだ。
「俺がなにを捨てるというんだ。さっさと任務を済ませて帰ってくればいい」
 アレクサンドラは長い睫毛を瞬かせた。
 さすがエド、こんな無謀な任務に少しも臆さないだなんて。
 私の心配なんて杞憂だったと感心するアレクサンドラの頬が、大きな手に包まれる。
「俺がおまえを守ってやる」
「あ、ありがとう、エド」
 アレクサンドラは気恥ずかしくなって、注がれる視線から逃れた。
エドワードはレクサンドラを女性として扱う唯一といっていい男性だったが、こんなに触れられるのは初めてだ。しかも、危険な海賊島に行かせないために勢いで言ったのだとしても、求婚されたのだ。どうしても異性として意識してしまう。
 エドワードはアレクサンドラの長い髪をひと撫でして、鏡台に目を向けた。
「さっき、髪を切ろうとしていたか?」
 アレクサンドラは頷いて、エドワードの前で回転する。
「うん。見て、身体のラインを平らにしてみた。これで髪を切ったら、完璧に男に見えるでしょ」
「どうかな。俺はおまえが男に見えたことは一度もない」
「えっ、おかしいな。絶対に男に見えると思うんだけど」
 アレクサンドラは鏡に姿を映して首をひねる。
「……そういう意味ではないのだが」
 そう小さく呟いたエドワードは、気を取り直したようにアレクサンドラに視線を向けた。
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