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一章 旅立ち
旅立ち 2
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「準備が整い次第? だってあそこ、友好国じゃなかったっけ?」
「旨みのある島国だからな。他国に奪われるくらいなら、その前にって感じなんじゃないか? 既に何度も、こっそり攻めようとしたことがあるそうだ。そのたびに海賊に撃沈されて……」
兵舎に向かう途中、番兵たちの噂話が耳に入り、「なんの話?」とアレクサンドラは首を突っ込んだ。
「これはヴァローズ中尉」
二人に敬礼され、アレクサンドラは敬礼を返しながら苦笑した。
「肩書きばかりで、今日も書類配達をしているところだけどね」
やっている仕事は見習い以下だ。それに加えて、「男女」だという陰口なども付き纏う。
「ところで今の話、詳しく教えて」
下士官の二人は、顔を見合わせた。
「自分から聞いたって言わないでくださいよ。噂ですけど、我が国は水面下で、オルレニア王国進攻の準備を進めているようなんです。開戦の理由なんて、いくらでも後付けできますから」
アレクサンドラは耳を疑った。オルレニア王国と言えば、王太子が后を迎えた四年前、アレクサンドラも仮面舞踏会に参加した国だ。翌年に第一王子が誕生した時も、このドミール帝国は盛大に祝福していたというのに。
「上官に確かめてみるか」
アレクサンドラは呟いた。
「いやいや、だめですって!」
「なぜ? 寝首をかくような卑怯な行為を我が国がしているとなれば、見過ごせないだろう」
下士官たちはなんと言えばいいのか困っている様子だ。アレクサンドラはその態度にも納得がいかない。
力のあるものほど、公正で清廉潔白でなければならないとアレクサンドラは思う。このドミール帝国がそうだ。
「ようアレクサンドラ」
尻を撫で上げられて、驚いてアレクサンドラは振り返った。
「下士官に色目を使うくらいなら、オレたちが遊んでやるのに」
下卑た笑いを浮かべる二人組はアレクサンドラの同期だ。この二人だけではない、アレクサンドラは同期に絡まれることが多かった。
少年のようだったアレクサンドラだが、十五歳を過ぎたあたりから急速に女性らしい体つきになっていった。性的、身体的なことでからかわれることが増えてきた。アレクサンドラは男たちを睨んだ。
「軍にしがみついて辞めないのは、男にちやほやされたいからだろ。ここなら紅一点だからな」
「お望み通りに相手をしてやるよ」
伸ばしてきた同期の手をアレクサンドラは乱暴に振り払った。
なんと下品な男たちだろう。彼らはみんなアレクサンドラよりも筆記も実技も成績が悪かった。しかし悔しいことに、アレクサンドラよりも上の部隊に所属しているのだ。アレクサンドラは爪が食い込むほどに拳を握った。
どんな屈辱にも耐えてみせる、腕を磨けばいつか認められると思っていた。しかし、海上に配属される気配はない。ゴールのない長距離走をしているようで、アレクサンドラは疲弊していた。
「生意気な女だな。だから行き遅れるんだ」
「こんな男女を相手にしてねえで行こうぜ。おい、海軍卿がお呼びだぞ。午後に執務室に来るようにってさ。そろそろクビだろ」
同期たちはアレクサンドラにそれを伝えに来たようだ。二人は笑いながら去っていった。
海軍卿とは、海軍統轄機関のトップである。現場には出てこない閣僚の一人で、アレクサンドラから見れば雲の上の人物だった。
「私になんの用があるというのか」
アレクサンドラはつぶやいた。またか本当に除隊を命じられるのか。しかし、それなら直属の上司が行うはずだ。
「ちょうどいい」
現場に配属してほしいと上官に直談判しようと思っていたところだ。何足も飛んでしまうが、海軍卿に話してみようとアレクサンドラは開き直った。
失うものなど、なにもない。
「旨みのある島国だからな。他国に奪われるくらいなら、その前にって感じなんじゃないか? 既に何度も、こっそり攻めようとしたことがあるそうだ。そのたびに海賊に撃沈されて……」
兵舎に向かう途中、番兵たちの噂話が耳に入り、「なんの話?」とアレクサンドラは首を突っ込んだ。
「これはヴァローズ中尉」
二人に敬礼され、アレクサンドラは敬礼を返しながら苦笑した。
「肩書きばかりで、今日も書類配達をしているところだけどね」
やっている仕事は見習い以下だ。それに加えて、「男女」だという陰口なども付き纏う。
「ところで今の話、詳しく教えて」
下士官の二人は、顔を見合わせた。
「自分から聞いたって言わないでくださいよ。噂ですけど、我が国は水面下で、オルレニア王国進攻の準備を進めているようなんです。開戦の理由なんて、いくらでも後付けできますから」
アレクサンドラは耳を疑った。オルレニア王国と言えば、王太子が后を迎えた四年前、アレクサンドラも仮面舞踏会に参加した国だ。翌年に第一王子が誕生した時も、このドミール帝国は盛大に祝福していたというのに。
「上官に確かめてみるか」
アレクサンドラは呟いた。
「いやいや、だめですって!」
「なぜ? 寝首をかくような卑怯な行為を我が国がしているとなれば、見過ごせないだろう」
下士官たちはなんと言えばいいのか困っている様子だ。アレクサンドラはその態度にも納得がいかない。
力のあるものほど、公正で清廉潔白でなければならないとアレクサンドラは思う。このドミール帝国がそうだ。
「ようアレクサンドラ」
尻を撫で上げられて、驚いてアレクサンドラは振り返った。
「下士官に色目を使うくらいなら、オレたちが遊んでやるのに」
下卑た笑いを浮かべる二人組はアレクサンドラの同期だ。この二人だけではない、アレクサンドラは同期に絡まれることが多かった。
少年のようだったアレクサンドラだが、十五歳を過ぎたあたりから急速に女性らしい体つきになっていった。性的、身体的なことでからかわれることが増えてきた。アレクサンドラは男たちを睨んだ。
「軍にしがみついて辞めないのは、男にちやほやされたいからだろ。ここなら紅一点だからな」
「お望み通りに相手をしてやるよ」
伸ばしてきた同期の手をアレクサンドラは乱暴に振り払った。
なんと下品な男たちだろう。彼らはみんなアレクサンドラよりも筆記も実技も成績が悪かった。しかし悔しいことに、アレクサンドラよりも上の部隊に所属しているのだ。アレクサンドラは爪が食い込むほどに拳を握った。
どんな屈辱にも耐えてみせる、腕を磨けばいつか認められると思っていた。しかし、海上に配属される気配はない。ゴールのない長距離走をしているようで、アレクサンドラは疲弊していた。
「生意気な女だな。だから行き遅れるんだ」
「こんな男女を相手にしてねえで行こうぜ。おい、海軍卿がお呼びだぞ。午後に執務室に来るようにってさ。そろそろクビだろ」
同期たちはアレクサンドラにそれを伝えに来たようだ。二人は笑いながら去っていった。
海軍卿とは、海軍統轄機関のトップである。現場には出てこない閣僚の一人で、アレクサンドラから見れば雲の上の人物だった。
「私になんの用があるというのか」
アレクサンドラはつぶやいた。またか本当に除隊を命じられるのか。しかし、それなら直属の上司が行うはずだ。
「ちょうどいい」
現場に配属してほしいと上官に直談判しようと思っていたところだ。何足も飛んでしまうが、海軍卿に話してみようとアレクサンドラは開き直った。
失うものなど、なにもない。
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