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三章 央都也の居場所
三章 央都也の居場所 その10【三章・完】
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クマがスマートフォンを蹴り飛ばした。部屋の端に滑って埃に埋もれた。央都也の位置からでは、もう画面は見えない。
――オレたちの仲間になるんだろ。心変わりしたわけじゃねえよな。
クマのぬいぐるみが、バットを央都也に向けた。
――返事次第ではバットで頭をかち割るぞ。
――せっかく一番痛くない方法にしてあげようと思ってたのに。
――苦しいのは一瞬だから窒息死がおすすめだよ。首を絞められた俺が言うんだから間違いない。
――あたしも手伝うよ。
四人の幽霊が距離を詰めてきた。生きていた頃とは性格が変わった者もいるようだ。理不尽な死に方をして、時間も経ち、悪霊となっているのかもしれない。
央都也の周囲の人形たちも更に近づいてきて、央都也の身体を周囲から押さえる。
――ほら、どうやって死にたい? 選ばせてやるよ。
クマがバットで手の平を軽く打つ。ぬいぐるみにしては大きなクマだが、それでもバットの長さと同じくらいだ。重さはバットのほうがあるだろう。
央都也は首をふった。
「死に……な……」
(死にたくない)
せめて、兄が迎えに来るまでは。
――なあんだ。仲間意識が芽生えたと思ったのにさ。そういうウソつきには、ペナルティが必要だな。
クマがバットを振り上げる。
――右足と左足、どっちがいい?
央都也は首を横に振る。そんなの、どっちも嫌に決まっている。
――決められないんだ。
――どっちにも欲しいんだね。
――贅沢なやつ。
クマは央都也の右足のすねに、容赦なくバットを振り下ろした。骨の折れる鈍い音がする。
「ぐぁあっ……!」
動かせない身体が、陸に上がった魚のように反り返った。あまりの痛みに身体が痙攣を起こす。
――こっちも。
左の太ももにカッターが突き立てられた。
「がっ……ぁっ……」
掠れて声も出ない。損傷した足に熱が集まっていく。痛みに、生理的な涙がこみ上げた。呼吸が浅くなり、胸が苦しくなる。周囲の無数の人形が、央都也を嘲笑っている気がした。
――次はどこにしようか。
――央都也は決められないしねえ。
――頭や心臓はまだ先だぞ。
――じゃあ、顔にしましょうよ。
フランス人形が央都也の顔に近づいてきた。
――琥珀色の綺麗な目。この人形のガラスの瞳はヒビが入っちゃっているの。ちょうどいいわ。交換しましょう。
央都也の血で濡れているカッターが近づいてくる。怖いのに、目を反らせない。
人形がカッターを振り上げた。
(もうダメだ)
央都也は強く目を閉じた。顔を反らしたかったが、周囲の人形に顔を固定されている。
(兄さん)
「央都也!」
その声に目を開くと、廊下からの光を遮る、大きな身体のシルエットが浮かんでいた。それが駆け寄ってきて、央都也を強く抱きしめる。
「失せろ!」
雄誠の声と同時に霊たちは消え、人形がパタパタと倒れた。カランとバットやカッターが床に落ちる音が響く。
消えていた部屋の蛍光灯が点いた。
「本当に、兄さん……?」
「遅くなってすまない」
雄誠は更に強く央都也を抱きしめた。
(ああ、兄さんだ……)
逞しい身体に包まれて、その安心感で気が抜けて意識が遠くなりそうだった。
「よかったペケくん、間に合った!」
「間に合ったのか? まあ最悪の事態は避けられた感じだな」
「あっ、カメラ用のスマホがあっちに転がってる。この光景をほかのみんなにも見せてあげよう。埃を拭ってと、ハーイ、兄弟が感動の再会をしてますよぉ」
「それより、手当て! 病院! 救急車呼ぶ?」
「もう呼んでるよ」
央都也の生配信が流れるスマホを片手に持つ人たちが、ぞろぞろと部屋に入ってきた。
(えっ? なにこれ)
央都也は事態に戸惑って、目を白黒させる。
「みんなが協力してくれたから、この場所を突き止められたんだ」
雄誠はそう言って、央都也に集まった人たちが見えるように身を離して央都也を支えた。
「ペケくんが色々と場所のヒントを言ってたからね」
「今回はリミットがあったから、ハラハラしたよね」
「いやあ、ペケくんが見つかってよかった」
「わあ、生ペケくんだあ。ペケくん、泥だらけでも美人だよっ」
央都也は自棄になったり諦めたりしていたのに。
視聴者はずっと、央都也を探してくれていたのだ。
温かいものが、胸にぐっとこみ上げてきた。
「あの……」
砂や埃が喉に絡んで上手く声が出せない。全身が軋んで力も入らない。それでも央都也は、集まってくれたみんなを見回した。
「助けに来てくれて、ありがとう」
そう心を込めて礼を述べ、深く頭を下げた。雄誠も頭を下げる。
「いいよ、いつも動画で楽しませてもらってるし」
「不謹慎かもだけど、今日も楽しかったよ」
「これからは、あまりに危険な事故物件は避けないとね」
「今度、オフ会開いてねぇ」
「兄弟げんかはほどほどにね」
央都也が怪我をしていることもあり、集まった視聴者は早々に帰っていった。央都也は雄誠に付き添われ、救急車で病院に向かった。
――オレたちの仲間になるんだろ。心変わりしたわけじゃねえよな。
クマのぬいぐるみが、バットを央都也に向けた。
――返事次第ではバットで頭をかち割るぞ。
――せっかく一番痛くない方法にしてあげようと思ってたのに。
――苦しいのは一瞬だから窒息死がおすすめだよ。首を絞められた俺が言うんだから間違いない。
――あたしも手伝うよ。
四人の幽霊が距離を詰めてきた。生きていた頃とは性格が変わった者もいるようだ。理不尽な死に方をして、時間も経ち、悪霊となっているのかもしれない。
央都也の周囲の人形たちも更に近づいてきて、央都也の身体を周囲から押さえる。
――ほら、どうやって死にたい? 選ばせてやるよ。
クマがバットで手の平を軽く打つ。ぬいぐるみにしては大きなクマだが、それでもバットの長さと同じくらいだ。重さはバットのほうがあるだろう。
央都也は首をふった。
「死に……な……」
(死にたくない)
せめて、兄が迎えに来るまでは。
――なあんだ。仲間意識が芽生えたと思ったのにさ。そういうウソつきには、ペナルティが必要だな。
クマがバットを振り上げる。
――右足と左足、どっちがいい?
央都也は首を横に振る。そんなの、どっちも嫌に決まっている。
――決められないんだ。
――どっちにも欲しいんだね。
――贅沢なやつ。
クマは央都也の右足のすねに、容赦なくバットを振り下ろした。骨の折れる鈍い音がする。
「ぐぁあっ……!」
動かせない身体が、陸に上がった魚のように反り返った。あまりの痛みに身体が痙攣を起こす。
――こっちも。
左の太ももにカッターが突き立てられた。
「がっ……ぁっ……」
掠れて声も出ない。損傷した足に熱が集まっていく。痛みに、生理的な涙がこみ上げた。呼吸が浅くなり、胸が苦しくなる。周囲の無数の人形が、央都也を嘲笑っている気がした。
――次はどこにしようか。
――央都也は決められないしねえ。
――頭や心臓はまだ先だぞ。
――じゃあ、顔にしましょうよ。
フランス人形が央都也の顔に近づいてきた。
――琥珀色の綺麗な目。この人形のガラスの瞳はヒビが入っちゃっているの。ちょうどいいわ。交換しましょう。
央都也の血で濡れているカッターが近づいてくる。怖いのに、目を反らせない。
人形がカッターを振り上げた。
(もうダメだ)
央都也は強く目を閉じた。顔を反らしたかったが、周囲の人形に顔を固定されている。
(兄さん)
「央都也!」
その声に目を開くと、廊下からの光を遮る、大きな身体のシルエットが浮かんでいた。それが駆け寄ってきて、央都也を強く抱きしめる。
「失せろ!」
雄誠の声と同時に霊たちは消え、人形がパタパタと倒れた。カランとバットやカッターが床に落ちる音が響く。
消えていた部屋の蛍光灯が点いた。
「本当に、兄さん……?」
「遅くなってすまない」
雄誠は更に強く央都也を抱きしめた。
(ああ、兄さんだ……)
逞しい身体に包まれて、その安心感で気が抜けて意識が遠くなりそうだった。
「よかったペケくん、間に合った!」
「間に合ったのか? まあ最悪の事態は避けられた感じだな」
「あっ、カメラ用のスマホがあっちに転がってる。この光景をほかのみんなにも見せてあげよう。埃を拭ってと、ハーイ、兄弟が感動の再会をしてますよぉ」
「それより、手当て! 病院! 救急車呼ぶ?」
「もう呼んでるよ」
央都也の生配信が流れるスマホを片手に持つ人たちが、ぞろぞろと部屋に入ってきた。
(えっ? なにこれ)
央都也は事態に戸惑って、目を白黒させる。
「みんなが協力してくれたから、この場所を突き止められたんだ」
雄誠はそう言って、央都也に集まった人たちが見えるように身を離して央都也を支えた。
「ペケくんが色々と場所のヒントを言ってたからね」
「今回はリミットがあったから、ハラハラしたよね」
「いやあ、ペケくんが見つかってよかった」
「わあ、生ペケくんだあ。ペケくん、泥だらけでも美人だよっ」
央都也は自棄になったり諦めたりしていたのに。
視聴者はずっと、央都也を探してくれていたのだ。
温かいものが、胸にぐっとこみ上げてきた。
「あの……」
砂や埃が喉に絡んで上手く声が出せない。全身が軋んで力も入らない。それでも央都也は、集まってくれたみんなを見回した。
「助けに来てくれて、ありがとう」
そう心を込めて礼を述べ、深く頭を下げた。雄誠も頭を下げる。
「いいよ、いつも動画で楽しませてもらってるし」
「不謹慎かもだけど、今日も楽しかったよ」
「これからは、あまりに危険な事故物件は避けないとね」
「今度、オフ会開いてねぇ」
「兄弟げんかはほどほどにね」
央都也が怪我をしていることもあり、集まった視聴者は早々に帰っていった。央都也は雄誠に付き添われ、救急車で病院に向かった。
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