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一章 初めての事故物件

一章 初めての事故物件 その15

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「ううう、出たくない」
「ここまで来て、なにを言ってるんだ」

 助手席にしがみついて駄々をこねる央都也を、雄誠は困ったように見やる。
 昨夜は大盛況のなか、生配信が終わった。その頃には二十三時を回っていたので、央都也は今朝になってから、電話番号案内に教えてもらった番号に電話をした。本当に洋平の実家なのか確かめるためだ。

 この電話をかける前にもひと悶着あったが、雄誠に説得されて央都也が電話をした。
 電話に出た女性は、洋平の母親だった。

 電話で洋平の思いを伝えれば任務完了だと思っていたら、雄誠が直接会いに行こうと言い出した。それを動画として撮影したら盛り上がるし、実家を特定してくれた視聴者への恩返しになると雄誠は熱く語った。

 自分を家から出したいという雄誠の思惑はわかっていたので、散々行きたくないとごねたが、「乗りかかった舟」「洋平のため」「視聴者のため」「ネタになる」「金にもなる」と畳みかける雄誠に押し切られてしまった。

 それに、洋平が母親に手紙を渡してほしいと頼んできたこともある。
 霊となった洋平は生前のようにはペンを使えないようだったが、それでも母親あての長文をしたためた。ペンが勝手に動く姿は、ブキミと言うよりもマジックを見ているようだった。

 母子で直接会話をさせようとしたが、洋平の母親は霊感がないらしい。電話越しでは洋平の声は届かなかった。

 また、ビデオレターを撮る方法も考えたが、動画に洋平は映らなかった。昨日の生配信も、リアルタイムでは画面に映っていたのに、録画をした動画にはなぜか洋平の姿はなかった。

 洋平の実家まで雄誠の車で行くことを条件にして、しぶしぶと、本当にしぶしぶと、央都也は家を出た。人の多い電車移動は央都也には不可能だ。

 昨日は引っ越しのために意を決して外に出たのに、連日、外に出ることになろうとは。こんなことなら事故物件企画なんてしなければよかった。

 央都也はマスクをして誰とも会わないように警戒してマンションのドアから出て、エレベーターに乗り込み、人影に気づくと素早く兄の背中に隠れた。誰とも顔を合わさずに急いで黒いセダンに乗り込むと、マスクを外して身体の力を抜いた。
 一日分の体力を使ったかのように疲れた。あとは目的地まで車が運んでくれる。

「どうだ、ドライブをする気分は」
「最悪に決まってるでしょ」

 そんな会話をしながら、東京都から山形県まで高速道路を飛ばしてやってきた。昨夜話があったように、四方は雪をかぶった山に囲まれていた。高い建造物もないので見晴らしがいい。

 洋平の実家は築年数の経った二階建てで、隣りが空き地になっている。車はそこに停めていいと言われていた。

 雄誠に助手席のドアを開けられて、降りたくないと央都也は駄々をこねたが、ここまで来てUターンできないことは央都也にだってわかっている。央都也はのっそりと外に出た。 空き地は自由奔放に草木が生えていて、初秋の風は温かい。

「俺が撮影してやる。これを渡すんだぞ」
 雄誠が用意していたお土産を持たされた。

 今日の訪問の様子は、モザイクをかければ放送していいと洋平の母親に許諾を得ている。昨日のライブで牛黒洋平のフルネームや実家の場所が流れてしまったので、今更隠しても仕方がないと腹をくくってくれたようだ。

「ちょっと待って」
 玄関の前で央都也は呼吸を整えた。

(ダメだ、ドキドキがおさまらない)

 央都也は両手で顔をおおった。
 昨日は事務的なオペレーターの電話でさえ緊張したのに、今日は対面だ。仕事で相談があるときにもメールやチャットにて直接話さないようにしてきた央都也にとって、雄誠以外に生身の人と直接会うのは、本当に久しぶりだった。

(兄さん以外の人と対面で話すのは、いつぶりなのだろう)

 中学を卒業して雄誠と暮らし始めてからは、一度もなかったかもしれない。
 
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