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一章 初めての事故物件

一章 初めての事故物件 その9

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 どうやら、すべての視聴者に霊が見えるわけではないらしい。

「俺から説明する。カメラで映したことはなかったから、モニター越しにも霊が見えると思っていなかった」

 雄誠が口を開いた。よくある白い不織布のマスクなので、それほど声もこもらず、聞き取りやすい低い声だ。

「俺には、いわゆる霊感がある。俺には霊が見えるし、俺の近くにいる人も霊が見えるようになるようだ。もっとも、俺が傍にいても霊が見えない人は一定数いる」
「見えない人がいるんだ。兄さんと何年も一緒に暮らしていたけど、ぼくも幽霊を見たことがなかったよ」
「それは、単に近くに霊がいなかったからだ。そんなに霊がうようよしているわけじゃない。それに基本的には、俺が近づくと霊は弾き飛ばされてしまうらしい。俺がいてもその場に残る霊は、力が強いか、その場から動けない地縛霊だ」

 雄誠がいても家族旅行の旅館以来、霊を見なかったのは、そういう理由だったようだ。

「この霊はどっち?」
「力もそれほど弱くはないが、地縛霊だな。しかし、危害を加えるような悪意は感じない」
「危険な霊もいるってこと?」
「ああ、いる。命を落とすこともあるだろう」
「ちょっと、脅かさないでよ」

 チャットのほうも、目で追いきれないくらい勢いが増した。

「だが、そんな悪質な霊は街中にそういるものじゃない。自殺の名所になっていたり、立ち入り禁止になっていたりして、こちらから意図的に近づかなければ問題ないはずだ」

《わかるぅ! 有名なお化けトンネルに行ったら、熱出したことあるよ》
《熱なんていいほうだよ。オレなんて怪我したからな》

 チャットでは心霊体験自慢が始まった。

「わざわざ事故物件に住むというから驚いて来てしまった。万が一、悪い霊がいては困るからな。俺がこの部屋に来なければ、おまえは今までどおり霊は見えないだろう。霊がいるとはわかっても、オーナーとの約束通り一月は住むんだろ?」
「見えなければ、いないのと一緒だしね」

 央都也は少々強がった。
 霊がいないと思っていたから事故物件に住もうと思ったのだ。本当にいるのなら話は別だ。

(一月くらいどうにかなるよね。兄さんさえ来なければ見えないし、無害なようだし、マネキンだし)

「納得したか。ほかに質問は?」
《はい、お兄さんに質問! 死にかけたこととかある?》
《お兄さんの霊体験を聞かせて!》
《霊感って生まれつき?》

 チャットに質問が飛び交った。

「鉄板の霊体験がある。聞くか?」
《もちろん!》
《鉄板ネタがあるとかw》

(なんだ、結構兄さんノリノリじゃん)
 しかも話も上手い。手だけしか映りたくないと言っていたのはなんだったのか。

 ――あの。

 そこで、後ろから声が聞こえた。
 パソコン画面を見ると、背後に立つ男性の霊が央都也たちを見ていた。
 央都也の背中が凍りついた。

 ――お願いがあるのですが。

 後ろから聞こえる声と、画面の男の口の動きが合っていた。

(幽霊が、しゃべった)

「兄さんっ」
 央都也は思わず隣りの兄の腕に抱きつきながら振り返った。
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