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終章
終章 5【完結】
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小藤はゴクリと唾を飲み、唇を引き締めた。そして干からびて血の通っていない兄の顔を見ると、決意は固まった。
小藤は静かに立ち上がって土間に下り、勝手から目的のものを持ってきた。
手には、包丁が握られていた。
「神さま、お願いします。私の命を使って、兄ちゃんを助けてください」
兄の傍で正座をすると、小藤は包丁を両手で持ち、鋭い歯を白い首に当てた。冷たい刃の感触に全身が凍る。
怖い。どれほどの痛みだろうかと考えそうになり、小藤はすべての思考を振り払った。
これを成し遂げられたら、兄は元気になるのだ。それだけを信じるのだ。
小藤は腹に力をこめ、強く目をつむる。そして包丁を首に当てて食い込ませながら、思いきり引いた。
次の瞬間、小藤は温かいものに包まれていた。
痛みはない。限界を超えて痛覚が麻痺してしまったのだろうか。
「命を粗末にして、愚かな娘だ」
言葉とは裏腹に、慈愛に満ちた声がした。
「光仙さま」
見上げると、光仙が悲し気に微笑んでいた。小藤は光仙の胸の中にいた。
「粗末にしたのではありません。兄ちゃんにあげたかったんです。兄ちゃんはどうなりましたか?」
光仙の視線を追うと、仰向けに寝ている兄の身体の上に、小藤が被さって倒れていた。小藤が二人いる。身体と魂だ。
光仙と小藤は、兄たちが横たわる部屋に浮いていた。
兄は先ほどの姿勢と変わりがない。
今までと同じ、動く気配がなかった。
「……私の願いは、届きませんでしたか」
小藤は落胆した。一縷の望みをかけた最後の手段だったのに。
その時、兄の瞼がピクリと動いた気がした。
「兄ちゃん?」
小藤は呼びかけた。
兄の瞳が開かれると、慌てて起き上がろうとして、思うように動かない身体に呻いている。筋力が弱まり、身体に力が入らないのだろう。
「小藤、目を覚ませ」
なんとか上半身を起こした兄は、小藤の身体を揺すった。しかし小藤は動かない。小藤の呼吸はとまっていた。
「なんてことを……小藤」
兄は小藤を抱きしめた。
「おまえの兄は眠っているように見えて、意識はあった。小藤がしていたことはすべて気配でわかっていた」
「兄ちゃん、悲しまないで。目覚めてよかった。よかったよ」
小藤は涙ぐんだ。
「光仙さまが兄ちゃんを助けてくれたのですね。ありがとうございます」
小藤は光仙に顔を向ける。
「人柱になったと思い込み、勝手に力をつけた今のおまえが命を賭した願いを、神として無下にはできない」
「私が力をつけたことが、兄ちゃんを救うことに繋がったのですか?」
「そうだ」
「そうですか……」
胸がいっぱいになる。苦しい思いをして人柱になったことは無駄ではなかったのだ。
「私は……出血していないのですね」
小藤の身体の近くに包丁が転がっているが、刃には一滴も血がついていなかった。恐怖のあまりに、首を切るより先に心停止をしたのだろうか。痛々しい遺体にならなくて済んだのはいいが、少々情けない気もする。
「わたしのお気に入りを傷ものにするわけがないだろう」
小藤は目を丸くした。
どうやら光仙は、切るより先に小藤の魂を抜いたようだ。
「これでおまえは、わたしのものだ」
光仙の大きな手が小藤の髪をなでた。それが気持ちよくて小藤は目を細める。
「はい、光栄です」
それは小藤が願ったことだ。強制的に世界を隔てられた時には悲しみしかなかった。
「これからもよろしくお願いします」
小藤は笑みを浮かべて、光仙の胸に顔を埋めた。
了
小藤は静かに立ち上がって土間に下り、勝手から目的のものを持ってきた。
手には、包丁が握られていた。
「神さま、お願いします。私の命を使って、兄ちゃんを助けてください」
兄の傍で正座をすると、小藤は包丁を両手で持ち、鋭い歯を白い首に当てた。冷たい刃の感触に全身が凍る。
怖い。どれほどの痛みだろうかと考えそうになり、小藤はすべての思考を振り払った。
これを成し遂げられたら、兄は元気になるのだ。それだけを信じるのだ。
小藤は腹に力をこめ、強く目をつむる。そして包丁を首に当てて食い込ませながら、思いきり引いた。
次の瞬間、小藤は温かいものに包まれていた。
痛みはない。限界を超えて痛覚が麻痺してしまったのだろうか。
「命を粗末にして、愚かな娘だ」
言葉とは裏腹に、慈愛に満ちた声がした。
「光仙さま」
見上げると、光仙が悲し気に微笑んでいた。小藤は光仙の胸の中にいた。
「粗末にしたのではありません。兄ちゃんにあげたかったんです。兄ちゃんはどうなりましたか?」
光仙の視線を追うと、仰向けに寝ている兄の身体の上に、小藤が被さって倒れていた。小藤が二人いる。身体と魂だ。
光仙と小藤は、兄たちが横たわる部屋に浮いていた。
兄は先ほどの姿勢と変わりがない。
今までと同じ、動く気配がなかった。
「……私の願いは、届きませんでしたか」
小藤は落胆した。一縷の望みをかけた最後の手段だったのに。
その時、兄の瞼がピクリと動いた気がした。
「兄ちゃん?」
小藤は呼びかけた。
兄の瞳が開かれると、慌てて起き上がろうとして、思うように動かない身体に呻いている。筋力が弱まり、身体に力が入らないのだろう。
「小藤、目を覚ませ」
なんとか上半身を起こした兄は、小藤の身体を揺すった。しかし小藤は動かない。小藤の呼吸はとまっていた。
「なんてことを……小藤」
兄は小藤を抱きしめた。
「おまえの兄は眠っているように見えて、意識はあった。小藤がしていたことはすべて気配でわかっていた」
「兄ちゃん、悲しまないで。目覚めてよかった。よかったよ」
小藤は涙ぐんだ。
「光仙さまが兄ちゃんを助けてくれたのですね。ありがとうございます」
小藤は光仙に顔を向ける。
「人柱になったと思い込み、勝手に力をつけた今のおまえが命を賭した願いを、神として無下にはできない」
「私が力をつけたことが、兄ちゃんを救うことに繋がったのですか?」
「そうだ」
「そうですか……」
胸がいっぱいになる。苦しい思いをして人柱になったことは無駄ではなかったのだ。
「私は……出血していないのですね」
小藤の身体の近くに包丁が転がっているが、刃には一滴も血がついていなかった。恐怖のあまりに、首を切るより先に心停止をしたのだろうか。痛々しい遺体にならなくて済んだのはいいが、少々情けない気もする。
「わたしのお気に入りを傷ものにするわけがないだろう」
小藤は目を丸くした。
どうやら光仙は、切るより先に小藤の魂を抜いたようだ。
「これでおまえは、わたしのものだ」
光仙の大きな手が小藤の髪をなでた。それが気持ちよくて小藤は目を細める。
「はい、光栄です」
それは小藤が願ったことだ。強制的に世界を隔てられた時には悲しみしかなかった。
「これからもよろしくお願いします」
小藤は笑みを浮かべて、光仙の胸に顔を埋めた。
了
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コメントありがとうございます! 嬉しいです✨
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大賞の投票の方させていただきました。
ご感想、そしてご投票ありがとうございます🙏🙏🙏
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