【完結】神柱小町妖異譚

じゅん

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四章 父親の記憶(やや不条理)

四章 11

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「松蔵、止まって、お願い」
 松蔵が泥に汚れた顔を手の甲で拭った際に、額から汗がしたたり落ちた。月光を反射する眼球は前方を鋭く見据えている。
 小藤はぞくりとした。
 松蔵は死ぬ覚悟を決めている。
 そう思った。
「私のせいだ」
 せっかく眠っていた松蔵の記憶を起こしてしまった。
 こんなつもりではなかったのに。
 ――また来たのか、小僧。
 どこからか、直接頭に響く身の毛がよだつような声がした。
 ――今度は帰さんぞ。
 ――おまえはどんな味がするのか楽しみだ。
「やめて。松蔵に手は出さないで。おっとうを失って正気じゃないの。すぐに連れて帰るから」
 小藤がそう言うと、暗闇の中で山が動いた気がした。
 よく見ると、山の巨木よりも高い、いくつもの生き物が融合したような不気味な生き物が蠢いていた。
 それを見ただけで小藤は足がすくんで動けなくなった。
 小十郎は、なんと恐ろしい化け物と対峙していたのか。
 ――この娘はなんだ。
 ――人であって人でなし。
 ――食えるのか。
 化け物の視線が小藤に集中した。恐怖に息が詰まって心臓が止まりそうになった。
「小藤姉ちゃん、来てるのか。食われる前に離れろよ」
 そう言って松蔵は火薬と鉛の弾を銃口から入れて、木の棒で銃身の底に押し込んだ。
「おっとうの仇だ。一体だけでも道連れにしてやる」
 松蔵は装填し終わった火縄銃を構え、化け物に向かって撃った。しばし距離があることもあり、当たらず弾は飛んでいく。
「くそっ」
 父に教わっていたので松蔵が火縄銃を使ったのは初めてではないが、慣れてもいない。もう一度弾込め準備をしようとしたところで、蛇のような尻尾に身体ごと銃を吹き飛ばされる。
「松蔵!」
 小藤は駆け寄った。地面に強く身体を打ち付けたようで呻いているが、命に別状はなさそうだ。
 小藤は松蔵をかばうように前に立つと両手を広げた。
「私は土地神様にお世話になっている、新米の神です。こんなことをしたら、きっと天罰が下りますよ」
 恐ろしさに足が震える。小刻みと表現するには震えが大きすぎた。小藤は立っていられないほど震えたのは初めてだった。
 ――小娘が神だと。
 ――笑わせるな。
 化け物が近づいてくる。
 ――おもしろい。
 ――神とやらはどんな味がするのか、試してみよう。
「松蔵、今のうちに逃げて!」
 彼に声が届かないだろうか。
 自分の責任で松蔵を危険に晒してしまっている。なんとしてでも助けたい。
 化け物の巨体が近づいてくる。
 死んだ身で再び死んだら、その先どうなるのだろうか。小藤はちらりとそう思ったが、鋭いかぎ爪が風を切る勢いで迫ってきて、それどこではなくなった。
 もうだめだ。
 小藤はきつく目を閉じた。
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