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四章 父親の記憶(やや不条理)
★四章 9★
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松蔵はだんだんと現実だという実感がわいてきた。
改めて自分を踏みつけている化け物の不気味さと恐ろしさに震えた。なぜいいままで鈍感でいられたのか。
「怖い。おっとう助けて」
「待っていろ松蔵、すぐに助けてやる」
化け物たちはざわめいた
――助かるものか。生きては帰さぬ。
――おまえはわれらの神聖な花を摘んだ。
――われらの縄張りに踏み込んだ。
「わかった。おまえたちの花だと知っていて俺は摘みに来た。俺はどうなってもいい。だから息子に手出しはしないでくれ。この花で息子を元気にしてやりたいだけなんだ」
小十郎は火縄銃を下げ、腰に差していた小刀と一緒に地面に捨てた。
――ほう、見上げた心掛けよ。
――早々に武器を捨ててもよいのか。われらは親子ともども食うかもしれぬ。
小十郎は建物よりも数倍高い位置にある化け物の顔を怯むことなく見上げた。
「噂は聞いている。神との約束を守り、縄張りの外に出てまで人を襲わない理性あるものたちだと。ならば俺とも約束してほしい。俺はなにをされてもいい。だから息子にこの花を持たせて下山させてくれ」
小十郎は懐から輝く花を取り出した。そして松蔵に向かって歩き出す。
――動くな。
巨大な顔を小十郎に近づけて吠えた。普通の人間なら震えあがるところだが、小十郎は顔色を変えず、ただ足を止めて視線を向けた。
「だめか。俺は逃げたりしない。息子との最後の別れをさせてくれ」
化け物たちは目配せをした。
――しょせんこやつは丸腰だ。
――おまえのその度胸に免じて、息子は逃がしてやろう。
「感謝する」
小十郎はゆっくりと歩いて息子の前で片膝をつき、花を息子に握らせた。
「これをおっかあに渡せ。おまえの病が治る万能薬だ。薬の作り方はおっかあに伝えてある」
「おっとうも一緒に帰ろう」
松蔵は涙ぐんだ。化け物に背中を踏みつけられて動けないが、花を掴んでいないほうの手を精一杯父に伸ばす。その手を握って父親は微笑んだ。
「ごめんな。おっとうは帰れない」
そして松蔵の頭をなでた。
「家での抱擁が今生の別れになるかと覚悟していた。また会えて、無事に花を渡せて嬉しいよ松蔵。おまえが元気に走り回る姿を見ることができないことだけが心残りだ」
そして大きな手で松蔵の肩を強くつかんだ。
「おまえは俺の大切な息子だ。長男としておっかあを、家をしっかり守るんだぞ」
小さな松蔵の頭を一度強く胸に抱いて、小十郎は立ち上がった。
「いやだ、行かないでおっとう!」
松蔵が泣きじゃくる声を背に、小十郎は元の位置に戻った。
「泣くな松蔵。おまえが幸せで健やかにいてくれることが、おっとうの望みだ」
小十郎は笑顔で胸を張った。
――覚悟はいいな。
化け物二体が小十郎に近づいてきた。
「できている。しかし先に松蔵を開放してくれ。父親の死などを見ては心に傷ができてしまう」
――そうはいかん。
――われらの領域に足を踏み込むとどうなるか、生き証人となってもらおう。
――おまえは勇敢だ。息子がいなければ一人で下山することだってできたはずだ。
――小僧、覚悟もなく聖域に入った代償を胸に刻むといい。
――おまえのせいで、父はわれらに食われるのだ。
化け物のかぎ爪が小十郎を襲い、牙が片腕をもぎ取った。
――これは美味い。心に穢れのない人間はこんなにも甘いものか。
――われは苦みも好みだが、どれ。
化け物が小十郎の肉を食いちぎる。小十郎は苦痛を堪え、呻き声ひとつ出さない。
――これは甘い。初めての味だ。
――われにも食わせろ。
松蔵の上から重みが消えた。
――血も上手い。こぼれるのが惜しい。
――丸呑みしようとするのはよせ。
化け物は奪い合うように小十郎を食った。
そこには骨一つ残らなかった。
改めて自分を踏みつけている化け物の不気味さと恐ろしさに震えた。なぜいいままで鈍感でいられたのか。
「怖い。おっとう助けて」
「待っていろ松蔵、すぐに助けてやる」
化け物たちはざわめいた
――助かるものか。生きては帰さぬ。
――おまえはわれらの神聖な花を摘んだ。
――われらの縄張りに踏み込んだ。
「わかった。おまえたちの花だと知っていて俺は摘みに来た。俺はどうなってもいい。だから息子に手出しはしないでくれ。この花で息子を元気にしてやりたいだけなんだ」
小十郎は火縄銃を下げ、腰に差していた小刀と一緒に地面に捨てた。
――ほう、見上げた心掛けよ。
――早々に武器を捨ててもよいのか。われらは親子ともども食うかもしれぬ。
小十郎は建物よりも数倍高い位置にある化け物の顔を怯むことなく見上げた。
「噂は聞いている。神との約束を守り、縄張りの外に出てまで人を襲わない理性あるものたちだと。ならば俺とも約束してほしい。俺はなにをされてもいい。だから息子にこの花を持たせて下山させてくれ」
小十郎は懐から輝く花を取り出した。そして松蔵に向かって歩き出す。
――動くな。
巨大な顔を小十郎に近づけて吠えた。普通の人間なら震えあがるところだが、小十郎は顔色を変えず、ただ足を止めて視線を向けた。
「だめか。俺は逃げたりしない。息子との最後の別れをさせてくれ」
化け物たちは目配せをした。
――しょせんこやつは丸腰だ。
――おまえのその度胸に免じて、息子は逃がしてやろう。
「感謝する」
小十郎はゆっくりと歩いて息子の前で片膝をつき、花を息子に握らせた。
「これをおっかあに渡せ。おまえの病が治る万能薬だ。薬の作り方はおっかあに伝えてある」
「おっとうも一緒に帰ろう」
松蔵は涙ぐんだ。化け物に背中を踏みつけられて動けないが、花を掴んでいないほうの手を精一杯父に伸ばす。その手を握って父親は微笑んだ。
「ごめんな。おっとうは帰れない」
そして松蔵の頭をなでた。
「家での抱擁が今生の別れになるかと覚悟していた。また会えて、無事に花を渡せて嬉しいよ松蔵。おまえが元気に走り回る姿を見ることができないことだけが心残りだ」
そして大きな手で松蔵の肩を強くつかんだ。
「おまえは俺の大切な息子だ。長男としておっかあを、家をしっかり守るんだぞ」
小さな松蔵の頭を一度強く胸に抱いて、小十郎は立ち上がった。
「いやだ、行かないでおっとう!」
松蔵が泣きじゃくる声を背に、小十郎は元の位置に戻った。
「泣くな松蔵。おまえが幸せで健やかにいてくれることが、おっとうの望みだ」
小十郎は笑顔で胸を張った。
――覚悟はいいな。
化け物二体が小十郎に近づいてきた。
「できている。しかし先に松蔵を開放してくれ。父親の死などを見ては心に傷ができてしまう」
――そうはいかん。
――われらの領域に足を踏み込むとどうなるか、生き証人となってもらおう。
――おまえは勇敢だ。息子がいなければ一人で下山することだってできたはずだ。
――小僧、覚悟もなく聖域に入った代償を胸に刻むといい。
――おまえのせいで、父はわれらに食われるのだ。
化け物のかぎ爪が小十郎を襲い、牙が片腕をもぎ取った。
――これは美味い。心に穢れのない人間はこんなにも甘いものか。
――われは苦みも好みだが、どれ。
化け物が小十郎の肉を食いちぎる。小十郎は苦痛を堪え、呻き声ひとつ出さない。
――これは甘い。初めての味だ。
――われにも食わせろ。
松蔵の上から重みが消えた。
――血も上手い。こぼれるのが惜しい。
――丸呑みしようとするのはよせ。
化け物は奪い合うように小十郎を食った。
そこには骨一つ残らなかった。
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