【完結】神柱小町妖異譚

じゅん

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四章 父親の記憶(やや不条理)

★四章 6★

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「万能薬なんてどこにあるんだろう」
 松蔵は興味がわいた。
 松蔵は小袖の上に半纏を着て、こっそり小十郎の後について行った。しかし、父の後について山をのぼるうちに、体調が悪くなってきた。父はとんどんと先に行き、姿を見失いそうになる。
 走って追いつこうとするが、柔らかい土に足を取られて、進む速度はそうかわらない。そのうち胸が苦しくなってきた。息が切れ、手が震える。
 とうとう松蔵はその場で膝をついた。
「待って、おっとう……」
 そして松蔵は倒れた。

 見える景色が暗転し、砂嵐のような状態になった。松蔵の記憶が混濁しているところなのだろう。
 乱れがなくなると、離れたところにこちらを向いて立っている小十郎がいた。距離があるので、その表情は見えない。火縄銃が近くに転がっている。
 背景も変わっていた。ひらけた大地になっていて、小十郎の後ろの岩肌には大きな穴が開いている。洞窟だろう。
 見ている景色は仰視しているように視点が低い。どうやら松蔵はうつぶせに倒れているようだ。
 松蔵の見ているものは、まだ紗がかかっている。しかも五感が鈍くなっていて、音声がまったくない。
 小十郎はなにか叫んでいる。その両側から、巨大な影が現れた。
 全体の造形としては毛のない鶏に近い。しかしその顔は鮫のようで、尾は蛇のように長くうねっている。
 おぞましいのはその外形だけではない。巨躯である小十郎の優に五倍もの大きさがあった。小十郎が赤子に見える。
 その不気味なあやかしは、足を振り上げて小十郎をかぎ爪で引っかいた。小十郎の胸から血が噴き出す。もう一体のあやかしは鋭い牙で小十郎の腕に食らいつき、そのまま腕を食いちぎった。あやかしは小十郎に見せつけるように何度も咀嚼し、美味そうに飲み込んだ。
 やろうと思えば一息に小十郎の息の根を止めることができるだろう。明らかにあやかしは小十郎をもてあそんでいた。
 小十郎は逃げようとも戦おうともせずに、なされるがままその場に立っている。
 そして小十郎がいた場所には、おびただしい量の血だまりだけが残った。

   * * *

「今のは……松蔵の記憶?」
 松蔵の膝にのせていた小藤の手は震えていた。
 なんとむごたらしく小十郎は死んだのだろう。小十郎は苦しく無念だったに違いない。それを見ている松蔵もつらかったろう。
 松蔵は涙を腕で拭っていた。
「強いと思ってたおっとうは棒立ちだった。あやかしにすくみ上って動けなかった。おっとうがあんなわけのわからねえ不気味な化け物にやられちまったのも悔しいが、おっとうの死にざまが悲しいんだ。勇敢に立ち向かってほしかったんだ」
 松蔵の目からぽたぽたと涙が滴った。
 小藤はかける言葉がなかった。
 尊敬していた父の死。
 それだけでもつらいだろうが、父の理想と現実との落差に、松蔵は遣り切れなさを感じているようだ。だからなにも手につかなくなったのだ。
「違うんじゃ……」
 小さな声が聞こえた。
 小藤は周囲を見回した。聞き違いだろうか。
「それは違うんじゃよう」
 もう一度、か細い女の子の声が近くで聞こえた。
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