52 / 64
四章 父親の記憶(やや不条理)
★四章 6★
しおりを挟む
「万能薬なんてどこにあるんだろう」
松蔵は興味がわいた。
松蔵は小袖の上に半纏を着て、こっそり小十郎の後について行った。しかし、父の後について山をのぼるうちに、体調が悪くなってきた。父はとんどんと先に行き、姿を見失いそうになる。
走って追いつこうとするが、柔らかい土に足を取られて、進む速度はそうかわらない。そのうち胸が苦しくなってきた。息が切れ、手が震える。
とうとう松蔵はその場で膝をついた。
「待って、おっとう……」
そして松蔵は倒れた。
見える景色が暗転し、砂嵐のような状態になった。松蔵の記憶が混濁しているところなのだろう。
乱れがなくなると、離れたところにこちらを向いて立っている小十郎がいた。距離があるので、その表情は見えない。火縄銃が近くに転がっている。
背景も変わっていた。ひらけた大地になっていて、小十郎の後ろの岩肌には大きな穴が開いている。洞窟だろう。
見ている景色は仰視しているように視点が低い。どうやら松蔵はうつぶせに倒れているようだ。
松蔵の見ているものは、まだ紗がかかっている。しかも五感が鈍くなっていて、音声がまったくない。
小十郎はなにか叫んでいる。その両側から、巨大な影が現れた。
全体の造形としては毛のない鶏に近い。しかしその顔は鮫のようで、尾は蛇のように長くうねっている。
おぞましいのはその外形だけではない。巨躯である小十郎の優に五倍もの大きさがあった。小十郎が赤子に見える。
その不気味なあやかしは、足を振り上げて小十郎をかぎ爪で引っかいた。小十郎の胸から血が噴き出す。もう一体のあやかしは鋭い牙で小十郎の腕に食らいつき、そのまま腕を食いちぎった。あやかしは小十郎に見せつけるように何度も咀嚼し、美味そうに飲み込んだ。
やろうと思えば一息に小十郎の息の根を止めることができるだろう。明らかにあやかしは小十郎をもてあそんでいた。
小十郎は逃げようとも戦おうともせずに、なされるがままその場に立っている。
そして小十郎がいた場所には、おびただしい量の血だまりだけが残った。
* * *
「今のは……松蔵の記憶?」
松蔵の膝にのせていた小藤の手は震えていた。
なんとむごたらしく小十郎は死んだのだろう。小十郎は苦しく無念だったに違いない。それを見ている松蔵もつらかったろう。
松蔵は涙を腕で拭っていた。
「強いと思ってたおっとうは棒立ちだった。あやかしにすくみ上って動けなかった。おっとうがあんなわけのわからねえ不気味な化け物にやられちまったのも悔しいが、おっとうの死にざまが悲しいんだ。勇敢に立ち向かってほしかったんだ」
松蔵の目からぽたぽたと涙が滴った。
小藤はかける言葉がなかった。
尊敬していた父の死。
それだけでもつらいだろうが、父の理想と現実との落差に、松蔵は遣り切れなさを感じているようだ。だからなにも手につかなくなったのだ。
「違うんじゃ……」
小さな声が聞こえた。
小藤は周囲を見回した。聞き違いだろうか。
「それは違うんじゃよう」
もう一度、か細い女の子の声が近くで聞こえた。
松蔵は興味がわいた。
松蔵は小袖の上に半纏を着て、こっそり小十郎の後について行った。しかし、父の後について山をのぼるうちに、体調が悪くなってきた。父はとんどんと先に行き、姿を見失いそうになる。
走って追いつこうとするが、柔らかい土に足を取られて、進む速度はそうかわらない。そのうち胸が苦しくなってきた。息が切れ、手が震える。
とうとう松蔵はその場で膝をついた。
「待って、おっとう……」
そして松蔵は倒れた。
見える景色が暗転し、砂嵐のような状態になった。松蔵の記憶が混濁しているところなのだろう。
乱れがなくなると、離れたところにこちらを向いて立っている小十郎がいた。距離があるので、その表情は見えない。火縄銃が近くに転がっている。
背景も変わっていた。ひらけた大地になっていて、小十郎の後ろの岩肌には大きな穴が開いている。洞窟だろう。
見ている景色は仰視しているように視点が低い。どうやら松蔵はうつぶせに倒れているようだ。
松蔵の見ているものは、まだ紗がかかっている。しかも五感が鈍くなっていて、音声がまったくない。
小十郎はなにか叫んでいる。その両側から、巨大な影が現れた。
全体の造形としては毛のない鶏に近い。しかしその顔は鮫のようで、尾は蛇のように長くうねっている。
おぞましいのはその外形だけではない。巨躯である小十郎の優に五倍もの大きさがあった。小十郎が赤子に見える。
その不気味なあやかしは、足を振り上げて小十郎をかぎ爪で引っかいた。小十郎の胸から血が噴き出す。もう一体のあやかしは鋭い牙で小十郎の腕に食らいつき、そのまま腕を食いちぎった。あやかしは小十郎に見せつけるように何度も咀嚼し、美味そうに飲み込んだ。
やろうと思えば一息に小十郎の息の根を止めることができるだろう。明らかにあやかしは小十郎をもてあそんでいた。
小十郎は逃げようとも戦おうともせずに、なされるがままその場に立っている。
そして小十郎がいた場所には、おびただしい量の血だまりだけが残った。
* * *
「今のは……松蔵の記憶?」
松蔵の膝にのせていた小藤の手は震えていた。
なんとむごたらしく小十郎は死んだのだろう。小十郎は苦しく無念だったに違いない。それを見ている松蔵もつらかったろう。
松蔵は涙を腕で拭っていた。
「強いと思ってたおっとうは棒立ちだった。あやかしにすくみ上って動けなかった。おっとうがあんなわけのわからねえ不気味な化け物にやられちまったのも悔しいが、おっとうの死にざまが悲しいんだ。勇敢に立ち向かってほしかったんだ」
松蔵の目からぽたぽたと涙が滴った。
小藤はかける言葉がなかった。
尊敬していた父の死。
それだけでもつらいだろうが、父の理想と現実との落差に、松蔵は遣り切れなさを感じているようだ。だからなにも手につかなくなったのだ。
「違うんじゃ……」
小さな声が聞こえた。
小藤は周囲を見回した。聞き違いだろうか。
「それは違うんじゃよう」
もう一度、か細い女の子の声が近くで聞こえた。
9
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

忍者同心 服部文蔵
大澤伝兵衛
歴史・時代
八代将軍徳川吉宗の時代、服部文蔵という武士がいた。
服部という名ではあるが有名な服部半蔵の血筋とは一切関係が無く、本人も忍者ではない。だが、とある事件での活躍で有名になり、江戸中から忍者と話題になり、評判を聞きつけた町奉行から同心として採用される事になる。
忍者同心の誕生である。
だが、忍者ではない文蔵が忍者と呼ばれる事を、伊賀、甲賀忍者の末裔たちが面白く思わず、事あるごとに文蔵に喧嘩を仕掛けて来る事に。
それに、江戸を騒がす数々の事件が起き、どうやら文蔵の過去と関りが……
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
剣客居酒屋 草間の陰
松 勇
歴史・時代
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
日日晴朗 ―異性装娘お助け日記―
優木悠
歴史・時代
―男装の助け人、江戸を駈ける!―
栗栖小源太が女であることを隠し、兄の消息を追って江戸に出てきたのは慶安二年の暮れのこと。
それから三カ月、助っ人稼業で糊口をしのぎながら兄をさがす小源太であったが、やがて由井正雪一党の陰謀に巻き込まれてゆく。
月の後半のみ、毎日10時頃更新しています。
浅葱色の桜
初音
歴史・時代
新選組の局長、近藤勇がその剣術の腕を磨いた道場・試衛館。
近藤勇は、子宝にめぐまれなかった道場主・周助によって養子に迎えられる…というのが史実ですが、もしその周助に娘がいたら?というIfから始まる物語。
「女のくせに」そんな呪いのような言葉と向き合いながら、剣術の鍛錬に励む主人公・さくらの成長記です。
時代小説の雰囲気を味わっていただくため、縦書読みを推奨しています。縦書きで読みやすいよう、行間を詰めています。
小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも載せてます。

戦国記 因幡に転移した男
山根丸
SF
今作は、歴史上の人物が登場したりしなかったり、あるいは登場年数がはやかったりおそかったり、食文化が違ったり、言語が違ったりします。つまりは全然史実にのっとっていません。歴史に詳しい方は歯がゆく思われることも多いかと存じます。そんなときは「異世界の話だからしょうがないな。」と受け止めていただけると幸いです。
カクヨムにも載せていますが、内容は同じものになります。
辻のあやかし斬り夜四郎 呪われ侍事件帖
井田いづ
歴史・時代
旧題:夜珠あやかし手帖 ろくろくび
あなたのことを、首を長くしてお待ちしておりましたのに──。
+++
今も昔も世間には妖怪譚がありふれているように、この辻にもまた不思議な噂が立っていた。曰く、そこには辻斬りの妖がいるのだと──。
団子屋の娘たまはうっかり辻斬り現場を見てしまった晩から、おかしな事件に巻き込まれていく。
町娘たまと妖斬り夜四郎の妖退治譚、ここに開幕!
(二作目→ https://www.alphapolis.co.jp/novel/284186508/398634218)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる