【完結】神柱小町妖異譚

じゅん

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四章 父親の記憶(やや不条理)

四章 5

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「あんなの、おれのおっとうじゃねえ!」
 松蔵は胡座の両ひざを掴み、うなじが見えるほどうな垂れた。
「どういうこと?」
 松蔵はうつむいたまま動かない。
「……もしかして、おっとうが亡くなった時に松蔵も傍にいたの?」
 松蔵は「あんなの」と言った。それは、早死にする者は父じゃない、遭難する者は父じゃないなど、そういう意味合いの言葉ではなかった。
 松蔵は父親にまつわるなにかを見ているのだ。
 松蔵は図星を突かれたとでも言うように身体を強張らせた。
「なにがあったの? あんなにおっとうが大好きだったじゃない」
「あまり覚えてねえんだ。ただ、おっとうが情けなくて」
「情けない?」
 松蔵の父の印象からは程遠い言葉に、小藤は眉を寄せた。
「覚えているところだけでいいから、よかったら話して」
「小藤姉ちゃん……」
 唇を引き結び、顔をくしゃりと歪ませた複雑な表情で松蔵は顔をあげた。
 小藤は安心させるように松蔵の膝に手をのせる。
「……っ!」
 すると、松蔵に触れた手が燃えるように熱くなった。
 そしてなにか映像が小藤の頭に流れ込んできた。

   * * *

 松蔵の父の小十郎は、村一番の大男だった。筋骨隆々で、その逞しい腕は華奢な松蔵の腰回りほどもあり、松蔵はその腕にぶら下がって遊んだり、肩車をしてもらって信じられないほど高い位置から村を見渡すのが好きだった。
 生まれつき心臓が悪く身体の弱い松蔵は、強い父親を尊敬し誇りにしていた。
 ただ、松蔵には不満もあった。下の二人の兄弟は身体が大きく丈夫で元気だった。既に弟たちには身長を抜かれている。父の息子なのに、なぜ身体が弱いのかと劣等感があった。自分だけ父の子供ではないのではないかと疑った。
 その思いを小十郎も気づいており、松蔵を特別に可愛がっていた。
 小十郎は病に効果があるという温泉があれば松蔵を湯治に連れて行き、クマの胆嚢が万病に効くと聞けば足を運んで本当に胆嚢をとってきた。小十郎は腕のいい猟師でもあったのだ。
 小十郎が松蔵に施すそれらは確かに効いた。松蔵は五歳まで生きられないと医者に言われていた。それがこの歳まで生きているだけでも奇跡と言え、それは父のおかげだと松蔵は思っている。
 しかし、旅人が寄ることも少ないこんな小さな農村で、小十郎がどこからそんな噂を仕入れるのかは松蔵も知らなかった。
 不思議に思って父に尋ねると「親切な友達が教えてくれるんだ」と言っていた。結局それが誰なのかはわからなかった。
 そしてある日、父は興奮した様子で松蔵に言った。
「万能薬があるそうだ。今までのように体調が少し良くなる程度じゃない。完全に治る。これから採ってくるから、楽しみに待っていろよ」
 小十郎は松蔵を抱きしめた。見上げるほど大きな小十郎に包まれると、松蔵は小さな赤子のようだ。
 いつもより小十郎の抱擁が長いことに松蔵は気づいた。
「おっとう?」
 腕を解くと小十郎はニッと笑った。それはいつもの頼もしい父の笑顔だ。いつもと違うように感じたのは気のせいかと松蔵は思った。
「行ってくる」
 小十郎は松蔵の頭に大きな手をぽんとのせてから、火縄銃を肩にかけて家から出て行った。
「万能薬なんてどこにあるんだろう」
 松蔵は興味がわいた。
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