【完結】神柱小町妖異譚

じゅん

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四章 父親の記憶(やや不条理)

四章 1

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 小藤は毎日の習慣となった朝の散歩をしていた。
 トンカンと村中に工事の音が響いているのは、新しい橋を建設しているからだ。
 七郎兵衛の寄付によって、古い橋から離れたところに、もっと頑丈な橋を造ることになった。『七郎兵衛橋』と名づけられ、橋のたもとには七郎兵衛の愛犬・シロの像も設置される予定だ。
 完成すれば現在よりも他方への行き来が楽になり、万が一古い橋が壊れても大きな問題にはならなくなる。
 七郎兵衛の意思は、小藤と七郎兵衛が複数人の枕元に立つことで伝えた。
「今日は曇り空で、暑すぎず寒すぎずのちょうどいい塩梅だねえ」
 小藤が間延びした口調でのんびりと話しかける。
「そうだな」
 今日の付き添いは阿光だった。
 小藤の身体は相変わらず重く、度々めまいに見舞われた。しばらく休憩していればおさまるので小藤は気にしていないが、光仙や神使たちはたいそう心配している。
 そこで小藤は、狛犬姿の神使に乗って散歩をしたいと提案したところ、あっさりと通った。
 そのおかげで今、小藤は思う存分もふもふを堪能している。
 小藤は馬ほどもある狛犬の背中にまたがり、上半身をぺたりと倒して神使の背中に密着して、首あたりに手をまわしている。ふわりと柔らかく長い毛に包まれて揺れていると、まるで雲の上にいるようだと夢心地になった。もはや健康維持のために歩くという本来の目的は消えていた。
「そういえば、気になることがあるんだけど」
「なんだ」
 阿光の耳がぴくりと動く。小藤の声に集中しているようだ。
「七郎兵衛さんはこの村の漢方医が信用できないって、隣町の蘭方医に行ったわけでしょ。この村のお医者さんには子供の時からお世話になってたし、とてもいい先生だから、なぜ七郎兵衛さんがそう思ったのか気になってたの」
 七郎兵衛たちと花見をしてから数日が経過している。一緒に枕元に立ってからは会っていないので、シロとともに成仏したのかもしれない。
「七郎兵衛は新参者だったから、この村の医者の腕前なんてわからねえだろ。単に漢方医が好きか、蘭方医が好きかの違いだけだ。気にすんな」
「どう違うの?」
 そう尋ねると、「オレはあんまり説明が得意じゃねえんだけどな」と阿光は困ったような声になった。
「簡単に言えば、漢方医は中国から入ってきて定着した古くからある伝統医学で、蘭方医は新しく西洋から入ってきた医学だ。普及してそれほど時間は経っていないが、だんだんと主流になってきてるな」
「発祥の地が違うのね」
「内容も違う。漢方医は鍼や灸、薬を処方する内科的な治療を主に行うが、蘭方医は器具を使った外科的な治療をする。ザックリとわかりやすく言えばだぞ、漢方も蘭方もお互いにいいところを取り込んでいるからな」
 なるほど、それは大きな違いだ。病状によって使い分けが必要そうだ。
「七郎兵衛が信頼できない、という言葉を使ったのなら、それもたぶん意味がある。医者は誰にでもなれるから、一言で医者といっても藪医者から名医までさまざまなんだ」
「えっ、お医者様って誰にでもなれるの? たとえば、私でもなれた?」
「なろうと思えばなれる。女の医者もいないこともない。ただし患者が来るかどうかは別問題だけどな」
「どういうこと?」
 阿光はゆっくり村の中を歩きながら顔だけで振り向いた。赤い大きな瞳で小藤を見る。
「まともな治療ができないとわかれば、噂が一気に広まって、そんな医者には誰もかからないだろ。結局腕のいい医者に患者が集まるんだ。それにまともな医者なら十年二十年師匠の元で修業を積んでから、師匠に腕前を認められてやっと独立する。だから経歴が確かな医者に藪はいない」
 なにも考えずに近くの医者に行っていたので、小藤は「へえ」と感心するばかりだ。
「軽い症状なら薬だけですむ漢方医、外科的な治療が必要なら蘭方医にかかればいいのね」
 なるほどと小藤は頷いた。しかし、
「そうでもないぜ」
 と阿光はにやりと笑った。
「漢方、蘭方にこだわるのは、人が万能薬を見つけていないからだ」
「万能薬⁉」
 驚いて、小藤の声が裏返った。
「万能薬って、どんな病にも効く薬ってことでしょ。そんなものが存在するの?」
「ある」
 阿光は自信たっぷりに頷いた。
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