【完結】神柱小町妖異譚

じゅん

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三章 七郎兵衛とシロ(人情もの)

三章 13

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 今のシロは待つべき主の顔を判断できず、ただこの場で待つという言葉だけを忠実に守っている。それを邪魔するものは全て排除しているのだ。
 待つべき主は、すぐ傍にいるのに。
「あっしの声は村の者には届きません。そこで土地神様に相談に行ったが、まあ長いこと待たされましたな」
「あまり執拗だと嫌われるぞ」
「あっしは既に嫌われ者ですからね」
「あ、あの光仙さま、シロをどうするのですか」
 二人のひりついた会話を聞いていられずに小藤は口をはさんだ。しかしそう思っていたのは小藤だけで、二人は少々毒のある会話を楽しんでいるようだ。
「先ほども言ったが、わたしは命を司る神ではない。しかし、黄泉に送ることくらいはできるだろう」
「黄泉というのは、あの世ということですね」
「そうだ」
 光仙は小藤に頷いた。
「神様、その場合シロはどうなるんで? 元の愛らしい姿に戻るのでしょうか」
 七郎兵衛が尋ねた。
「いや、わたしはこのまま送ることしかできない」
「どうにかなりませんか。自我を失ったままあの世に送るのは可哀想すぎます。あれは本意じゃないはずだ」
「そうだな」
 光仙は檜扇の先で手の平を打ちながら考えている様子だ。そして小藤を流し見た。
「おまえに手伝ってもらおうか」
「私にできることなら。でも……」
 光仙に怪我をさせてしまったばかりの小藤は言葉に詰まる。
「シロの気をそらすことができれば、しばらくわたしが動きをとめておくくらいはできるだろう。その間におまえが浄化をするといい。それでも悪霊化がおさまらなければ、可哀想だがあの姿のまま黄泉送りだ」
 責任重大な役割に、小藤の身体は強張った。
「はい、頑張ります」
 小藤は肩を持ち上げて拳を握る。
「光仙さま、シロの気をそらすってどうするんですか?」
 小藤が問うと、光仙は七郎兵衛を見た。
「七郎兵衛、シロの好物はなんだ」
「好物、ですか」
 唐突な質問に七郎兵衛は若干困惑したようだ。
「赤飯です」
「珍しいですね」
 小藤は思わず声に出す。
 赤飯自体が祝いに食べるような珍しいものであるし、そもそも米は高級品なので、通常犬には食べさせられない。犬からしても、肉や魚のほうが好きな印象が小藤にはあった。
「シロとあっしは同じものを食べていましたからね。そのなかでも赤飯は特に気に入っていたようです。祝いのたびに作っていましたが、特別な日に食べるものだということも、シロにはわかっていたのでしょう」
 つまり七郎兵衛は毎日白米を食べていたということだ。七郎兵衛さんってお金持ちだったんだなあ、と小藤は改めて思った。
「では赤飯を炊きましょうか。吽光に頼みますか?」
「いや、この季節なら霊に捧げるのにぴったりな赤飯があるだろう」
「この季節?」
 光仙の言葉に小藤は小首をかしげる。
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