【完結】神柱小町妖異譚

じゅん

文字の大きさ
上 下
36 / 64
三章 七郎兵衛とシロ(人情もの)

三章 7

しおりを挟む
「光仙さま、この願いはどうされるのですか?」
 光仙は檜扇で扇ぎながら小藤を流し見た。
「ほかの者にも、あの家について頼まれていた。そろそろ様子を見に行くとしよう」
「ほかの者?」
 先ほどの夫婦以外にも、七郎兵衛の家は問題視されていたのか。小藤が知らなかっただけで、怪異は話題になっているのかもしれない。
「みなさん、食事の用意ができましたよ」
 吽光が声をかけてくる。
 座敷を移ると、大きな魚の塩焼きのほかに、白米やみそ汁、のらぼう菜のお浸しに大根の漬物がのった善が置かれている。贅沢な食事に二か月経ってもまだ慣れず、小藤は弟たちにも食べさせてあげたいと毎回思った。
 食事が終わり、小藤は阿光と吽光に見守られながら習字をしていた。
 ちょうど一息ついたところに、光仙が顔を出す。
「出かけてくる」
「もしかして、七郎兵衛さんのところに行くのですか?」
 光仙は小さく頷いた。
「私もご一緒してもいいですか?」
 朝からなにかと七郎兵衛の話題がのぼる。こういうものは、なにかの縁なのだろう。
 光仙の許可が出た。
「いってらっしゃい、神様、小藤」
 小藤は光仙について、神使の二人に見送られて外出する。そうやって手を振られると、小藤も家族の一員になったようで嬉しくなった。
 本日二度目となる村並みだが、何度見ても春の景色は心地よい。彩りのいい花々が咲き競い、その間を元気な昆虫たちが飛び交っている。春の独特な匂いは農村ならではの緑と土のものだろうか。
「光仙さま、春は息吹を感じられていいですね」
「そうだな」
 光仙も村を見回して微笑んだ。その表情からも、光仙がこの村を愛していることがよくわかる。
「あの家ですね」
 七郎兵衛の家は村の端の山際にある、小さな藁葺屋根の家だった。
 後から移住してきたので空いている土地に家を建てたのもあるだろうが、それにしても隣家までの距離が遠かった。意識して離れた場所に家を建てたに違いない。元々の木々を上手く利用して、屋敷林として囲いにしていた。
「……光仙さま」
 小藤は眉を顰め、両手を胸に当てた。嫌な気配が七郎兵衛の家から漂ってきていた。
「おまえも感じるか」
「はい」
 近づくにつれて強くなる。これでは気分が悪くなるのも道理だった。
「悪霊なのでしょうか」
 七郎兵衛の兄は、妻子の怨霊が家に憑いているのだと言っていた。
「……おそらく、そうだろうな」
 光仙は家を見ながらそう言った。
「危険かもしれない。小藤はここで待っていなさい」
「いえ、私も行きます。きっとお役に立ってみせます」
 光仙は静かな瞳で小藤を見た。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

佐々木小次郎と名乗った男は四度死んだふりをした

迷熊井 泥(Make my day)
歴史・時代
巌流島で武蔵と戦ったあの佐々木小次郎は剣聖伊藤一刀斎に剣を学び、徳川家のため幕府を脅かす海賊を粛清し、たった一人で島津と戦い、豊臣秀頼の捜索に人生を捧げた公儀隠密だった。孤独に生きた宮本武蔵を理解し最も慕ったのもじつはこの佐々木小次郎を名乗った男だった。任務のために巌流島での決闘を演じ通算四度も死んだふりをした実在した超人剣士の物語である。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

葉桜よ、もう一度 【完結】

五月雨輝
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞特別賞受賞作】北の小藩の青年藩士、黒須新九郎は、女中のりよに密かに心を惹かれながら、真面目に職務をこなす日々を送っていた。だが、ある日突然、新九郎は藩の産物を横領して抜け売りしたとの無実の嫌疑をかけられ、切腹寸前にまで追い込まれてしまう。新九郎は自らの嫌疑を晴らすべく奔走するが、それは藩を大きく揺るがす巨大な陰謀と哀しい恋の始まりであった。 謀略と裏切り、友情と恋情が交錯し、武士の道と人の想いの狭間で新九郎は疾走する。

【完結】月よりきれい

悠井すみれ
歴史・時代
 職人の若者・清吾は、吉原に売られた幼馴染を探している。登楼もせずに見世の内情を探ったことで袋叩きにあった彼は、美貌に加えて慈悲深いと評判の花魁・唐織に助けられる。  清吾の事情を聞いた唐織は、彼女の情人の振りをして吉原に入り込めば良い、と提案する。客の嫉妬を煽って通わせるため、形ばかりの恋人を置くのは唐織にとっても好都合なのだという。  純心な清吾にとっては、唐織の計算高さは遠い世界のもの──その、はずだった。 嘘を重ねる花魁と、幼馴染を探す一途な若者の交流と愛憎。愛よりも真実よりも美しいものとは。 第9回歴史・時代小説大賞参加作品です。楽しんでいただけましたら投票お願いいたします。 表紙画像はぱくたそ(www.pakutaso.com)より。かんたん表紙メーカー(https://sscard.monokakitools.net/covermaker.html)で作成しました。

【完結】女神は推考する

仲 奈華 (nakanaka)
歴史・時代
父や夫、兄弟を相次いで失った太后は途方にくれた。 直系の男子が相次いて死亡し、残っているのは幼い皇子か血筋が遠いものしかいない。 強欲な叔父から持ち掛けられたのは、女である私が即位するというものだった。 まだ幼い息子を想い決心する。子孫の為、夫の為、家の為私の役目を果たさなければならない。 今までは子供を産む事が役割だった。だけど、これからは亡き夫に変わり、残された私が守る必要がある。 これは、大王となる私の守る為の物語。 額田部姫(ヌカタベヒメ) 主人公。母が蘇我一族。皇女。 穴穂部皇子(アナホベノミコ) 主人公の従弟。 他田皇子(オサダノオオジ) 皇太子。主人公より16歳年上。後の大王。 広姫(ヒロヒメ) 他田皇子の正妻。他田皇子との間に3人の子供がいる。 彦人皇子(ヒコヒトノミコ) 他田大王と広姫の嫡子。 大兄皇子(オオエノミコ) 主人公の同母兄。 厩戸皇子(ウマヤドノミコ) 大兄皇子の嫡子。主人公の甥。 ※飛鳥時代、推古天皇が主人公の小説です。 ※歴史的に年齢が分かっていない人物については、推定年齢を記載しています。※異母兄弟についての明記をさけ、母方の親類表記にしています。 ※名前については、できるだけ本名を記載するようにしています。(馴染みが無い呼び方かもしれません。) ※史実や事実と異なる表現があります。 ※主人公が大王になった後の話を、第2部として追加する可能性があります。その時は完結→連載へ設定変更いたします。  

ナポレオンの妊活・立会い出産・子育て

せりもも
歴史・時代
帝国の皇子に必要なのは、高貴なる青き血。40歳を過ぎた皇帝ナポレオンは、早急に子宮と結婚する必要があった。だがその前に、彼は、既婚者だった……。ローマ王(ナポレオン2世 ライヒシュタット公)の両親の結婚から、彼がウィーンへ幽閉されるまでを、史実に忠実に描きます。 カクヨムから、一部転載

処理中です...