【完結】神柱小町妖異譚

じゅん

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三章 七郎兵衛とシロ(人情もの)

三章 6

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「では、そろそろだな」
「そろそろとは、なんのことでしょう?」
 小藤が訪ねると、「ヨイショーッ!」という男の大きな声が外から聞こえた。続けて、バチンバチンと派手な柏手がする。
 小藤と光仙は顔を見合わせて、どちらからともなく立ち上がり拝殿に向かった。
 そこには男女二人が手を合わせていた。拝殿の前には米と酒が置いてあり、先ほどの声は男がそれらの荷を下ろした掛け声だったようだ。
 男も女も五十代ほどで、二重の顎や出っ張った腹で似た体格をしている。似ていると言っても兄弟や親せきではなく、並んでいる距離感からおそらく夫婦だと思われた。
 男は二つ折りの髷をして、羽織と小袖は頑丈で高価な紬の上田縞だ。服装から大店の店主のようだ。
 先笄髷の女は上等な小袖を細い紐でからげている。身体は狸のようなのに顔つきは狐のようで化粧は厚い。
「神様、助けてください」
「七郎兵衛の家に近づけないのです」
「七郎兵衛さんって」
 小藤は驚いた。
 散歩の途中で、ちょうど七郎兵衛のことを思い出していたところだった。
「神様ならお見通しなんでしょうが、わしは七郎兵衛の兄です。あいつの荷物を取りにきたのですが、おかしなことに庭にすら入れません」
「別に壁があるわけじゃございません。近づこうとすると身体が重くなって動かなくなったり、気分が悪くなったりするんです」
「あの家は祟られているに違いありません」
「わたしども夫婦だけでなく、誰でも同じ現象が起きます」
 七郎兵衛の家は二年も放置されていた。
 七郎兵衛は隣町で他界したので、村にその知らせが来るのが遅かった。元々近所付き合いのなかった七郎兵衛は、シロの散歩で姿を見かけることはあったものの、それがないからといって不振に思う者はいなかったのだ。
 それから七郎兵衛の家や荷物を処分しようという動きもあったようだが、なぜか上手くいかないという話を、小藤は父親から聞いたことがあった。
 しかし祟られているとは聞き捨てならないと、小藤は先の話に関心を寄せた。
「弟はきっと、妻子の霊に取り憑かれていたのでしょう。だから早くに亡くなったのです」
 二年前なら、七郎兵衛はまだ五十代だったはずだ。確かに早い。
 この時代は出産時や体力のない赤子の死亡率は高いものの、そこをこえて成人すれば、六十歳七十歳まで生きるものだった。
「妻子の霊」
 その言葉を小藤が拾って表情を曇らせた。
 七郎兵衛が妻子に先立たれているとは知らなかった。七郎兵衛は村の誰とも口をきかなかったので、身の上を知る者が村にいないのだ。
 それにしても、霊に取り憑かれるとは穏やかな言葉ではない。
「きっとその妻子の怨霊が家に憑き、わしたちを寄せつけんのです」
「わたしどもは甲斐国からはるばるやってまいりました。この村には宿がない。村と隣町を行ったり来たりで、もう辟易しております。お供え物を奮発しました。どうぞよろしくお願いします」
 女房の最後の言葉が本音だろう。用事を済ませてさっさと国に帰りたいに違いない。
 夫婦はそれからも苦労話をさんざんしてから神社を後にした。
「甲斐国って、ここの隣りの国だよね。歩いたらどれくらいかかるんだろう。裕福そうだから駕籠(かご)を使ったのかな。どちらにしても大変だなあ」
 小藤は誰にともなく呟いた。
 駕籠とは、長い棒に竹や木製の駕籠を吊り下げて人を乗せ、棒の両端それぞれを人が担いで運ぶ乗り物だ。主に公家や武家が乗るもので、庶民も利用はしていたが、運賃が高いので滅多に使用できない贅沢なものだった。一度乗ってみたかったと小藤は思う。
「そういえば、裕福なら自ら来なくても、使用人に頼むことだってできはずだよね。遠く離れた弟の遺品をわざわざ取りに来るなんて、仲のいい兄弟だったのかな」
 小藤は再び口に出してしまい、独り言にならないように吽光と入れ替わりに近くに来ていた阿光に「ねえ」と話を振った。
「どうだろうな。さっきの話を聞いた感じじゃ、仲のいい兄弟って感じはしなかっただろ。弟の死を悼んでいる様子でもなかったし」
「そうかなあ」
 小藤は小首をかしげる。人の気持ちなんて見た目ではわからない。
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