【完結】神柱小町妖異譚

じゅん

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三章 七郎兵衛とシロ(人情もの)

三章 3

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「ふふ、一日一善」
 小藤はにんまりと笑った。
 人柱になってから、小藤は力を身に着けていた。
 以前、山小屋で小藤が盗人に触れた時、盗人の様子が急に変わって逃げ出した。あれはなんだったのだろうと考えていた。
 その後にいろいろと試したが、人と話すことも、物に触れることも、念力のように触らずに動かすこともできなかった。
 山小屋でのことはたまたまだったのだろうかと思い始めていた頃、小藤は激しい夫婦喧嘩を見つけた。相手には見えていないことを忘れて仲裁に入ると、夫婦は突然喧嘩をやめて仲直りをした。
 そんなことを繰り返すうちに、小藤は自分の力に気づいた。
 悪意をしずめたり、良心を増幅させることができるようだ、と。
「本当に、死んだら誰でも神様になれるんだなあ」
 小藤は誰かの役に立つことがもともと好きな性格だった。悪意を取り除くこの力で、少しでも争いがなくなればいいなと思う。
 もう少し早くこの力に気づいていれば、先日の木綿問屋の双子の件も、もっとよい決着がついたのではないかと残念だ。
「そんなことはありません」
「ん?」
 小藤は吽光を見た。
「小藤は特別です。誰もがそんな力を得られるわけではありません」
「そうなの? じゃあ実は、私には生まれついてすごい力があったとか、えらい神様の生まれ変わりだったとか」
 小藤は妄想して拳を握った。
「いいえ、さまざまな環境の要因が重なった偶然の産物でしょう」
 そっか偶然か、と小藤は拳を解いた。
「環境の要因ってなに? 人柱として死んだことかな」
「それは……」
 口を開きかけた吽光は、思いとどまったように正面を向いた。
「神様に聞いてください」
 小藤は小首をかしげた。そんなにもったいぶることなのだろうか。ちょちょいと教えてくれたらいいのに。
「ところで小藤。あの犬をシロと呼んでいましたが、馴染みの犬なのですか?」
「そうかなと思ったんだけど、近くで見たら違ったよ。シロは七郎兵衛さんが可愛がっていた白柴なんだ。首には唐草模様の手ぬぐいを巻いているんだよ」
 犬は地域で飼うものだ。村で飼えば村犬、町で飼うと町犬だ。
 犬は村をうろうろしているが、生活に余裕がある者が餌をやって育てているので野良犬とは違う。犬の方も村全体に飼われていることを理解しているので、よそ者が来ると警戒して吠えたりもする。
 しかし七郎兵衛は、シロを室内で個人的に飼って可愛がっていた。これは非常に珍しい。
 もちろん、例外はある。
 たとえば小型犬のチンは将軍や大名などに座敷犬として飼育されていたし、吉原の遊女にも人気だったため、大きな町では小鳥と一緒に鳥屋でチンが売られていた。
 ほかにも城内で複数の犬を飼い、訓練して有事の際に役立てたという例もある。しかし基本的には犬はそこら辺を歩いているもので、購入するものでもなければ所有するものでもなかった。
 しかも犬の数は多かった。
 ――犬の糞と侍が怖くては、江戸に来られぬ。
 ――このごろお江戸に多いもの、伊勢屋、稲荷に犬の糞。
 そんな言葉があるほどだ。いかに犬が、そして犬の糞が転がってるかがわかる。
「でも、シロを飼っていた七郎兵衛さんは、二年ほど前に亡くなっちゃったんだ」
 村外れの小さな一軒家に七郎兵衛は住んでいた。小藤が子供のころに、一人でこの村に移り住んできた。
 当時、七郎兵衛の年のころは四十歳くらいだったろうか。特に働くでもなく、家に籠っているようだった。ごくたまに、買い物に出かけるだけの生活のように見えた。
 小さな村は結束が固い。七郎兵衛が村になじめないのではないかと心配した近所の者たちが声をかけるようにしていたが、返事をされることはなかったという。
 非常に偏屈な男に見えた。
 そんな七郎兵衛がある日から、子犬のシロを連れて村を散歩するようになった。今まで生気のなかった顔に笑顔が浮かんでいた。
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