【完結】神柱小町妖異譚

じゅん

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三章 七郎兵衛とシロ(人情もの)

三章 2

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「最近、境内の桜の下で宴をしている人が増えたね」
 小藤は近くの桜を見上げて思い出した。
「そもそも花見は、豊作祈願の神事でもありますからね」
 そう言う吽光に目を向けると、最近読んだ神と桜の関係を思い出した。
 そもそも農村では、山の神様が春になると里に下りて桜に宿ると信じられていた。山の神が桜を咲かせて、種まきの時期を教えてくれる。そして桜が散ると山に帰っていくというのだ。
 だから山の神がいる桜の開花時に、桜の木の下で料理や酒で神をもてなし、豊作を祈願する。
 桜というのは、「サ」と「クラ」で意味がある。「サ」とは古事記よりも古い時代から存在する「サ神」であり、「クラ」は「神座(かみくら)」で神の依り代だ。だから山の神は、別のどの植物でもなく桜に宿るのだそうだ。
 大人たちが赤飯などのめでたい飯や肴、そして酒を飲みながら歌や踊りで盛り上がる花見にも、おもてなしの意味があったのだなあと小藤は感心したものだ。
 それにしても八百万の神とはよく言ったもので、この国にはなんにでも神様が宿っているようだ。
「そろそろ戻る頃合いかな」
 小藤は空を見上げた。
 毎日散歩をしていると、鐘が鳴らなくても歩いた道のりや太陽の角度で、なんとなく時刻がわかるようになった。
「腹の具合でわかるのですか」
「違うよ。……と言いたいところだけど、それもあるかも」
 からかうようにして笑う吽光に小藤も笑った。
 神社に足を向けていると、子供たちの騒ぎ声が聞こえてきた。
 声のする空き地を小藤が覗いてみると、小型の白い犬を数人の子供たちが囲って、石を投げたり棒で叩いたりしていじめているようだった。
「あれは、シロ?」
 小藤は駆け出した。
「こら、やめなさい!」
 そう言っても小藤の声が子供たちに聞こえるはずがない。
 小藤は念を込めて、子供たちを率いているとみられる身体の大きな少年の腕を掴んだ。すると、普段はすり抜けてしまう人にも触れることができる。
 少年は驚いたように小藤が掴んでいる腕を見た。なにも見えないのに、誰かに掴まれている感触がしているのだろう。
「弱い者いじめはだめ。せっかく恵まれた体格なのだから、人の助けになることに力を使って」
 すると吊り上がっていた少年の眉や目じりが下がっていき、緊張がゆるんで温和な表情になっていった。
「おらはなんで、こんなことが楽しかったんだろう。おい、おめえらもやめろよ」
 少年は握っていた棒を捨てた。少年の突然の心変わりに、子供たちは戸惑っている様子だ。
「なんだよ、おめえが言い出したんだろ。肥料にもならねえ糞を巻き散らす犬は成敗してやるって」
「道端にころころしてて、邪魔だもんな」
「踏むと滑るし汚ねえし」
「だな」
 体格の良い少年は腕を組んで、うんうんと頷いた。
「おらが間違ってた。犬は村のもんだから勝手に手出ししちゃなんねえ。でも糞は確かに邪魔だし危ねえから、おらたちで糞の掃除でもしてやるか」
「ええっ」
 大きな少年を先頭に、子供たちはしぶしぶというようについて行った。これから掃除をするのだろう。
 このやり取りの間に白い犬は消えていた。
「ふふ、一日一善」
 小藤はにんまりと笑った。
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