29 / 64
二章 双子沼(ホラーもの)
二章 13
しおりを挟む
神社に戻ってほどなく、光仙が戻ってきた。
「神様、申し訳ございません」
「あの双子の悪夢の元凶に手を出しちまった」
阿光と吽光が神に頭を下げる。
「そうか。おまえたちには説明しておくべきだったな」
小さく吐息した光仙は、檜扇を手にしてとんと手の平を打ちながら少女の魂を見た。
「……おまえは、お冬だな」
「はい、神様」
冬は笑みを浮かべて光仙を見上げた。
「あたしは毎晩、沼の夢を見ていました。姉さまがあたしだけに見せているのかと思ったら、双子はみな同じ夢を見ていると噂で聞きました。だからきっと近いうち、姉さまは沼から発見されて、その魂が解放され、恨みを晴らしにあたしの元にやってくると思っていました。でも、なかなか現れませんでした」
いったん言葉を止めた冬は、笑みを深めた。
「神様が止めていたのですね」
ぞくり、と小藤は寒気を覚えた。
なぜだろうか。冬は変わらず可愛らしい笑顔を見せているのに。
「でもよかったです、この方たちが姉さまを沼の底から助け出してくれました。だから、なんとか間に合いました」
「……間に合ったって、なにがだよ」
阿光が眉をひそめて冬に尋ねる。阿光も嫌なものを感じているのだろう。
「姉さまが来れば、あたしの身体を欲しがると思いました。だからあたしは、身体に細工をしたのです」
「なにをしたんだ」
冬が阿光を見る。
「あたしは毒を飲んでいました。生きながら腐っていく毒です。もう、一部が腐り始めていました」
さも楽しそうに、冬はくすくすと笑う。
「少しずつ身体が腐る。姉さまは二度も、死の恐怖を味わうことになるのです」
鈴を転がすような少女の笑い声に、小藤は総毛立った。
だからか。
小藤は、寒さのなかで額に汗していた少女の姿を思い出す。
あれは毒による体調不良のためだったのだろう。冬の身体に入った春が「身体が重くて動きにくい」と言っていたのもそのせいだ。
それに、身体を手に入れた春は「この姿でも四人とも見えるのね」と言っていた。
本来、人は神や霊などを見ることができない。
しかし、例外があると小藤は聞いたことがある。
子供と、死期が迫った者だ。
だから生身となった春には小藤たちが見えたのだ。
光仙は両袖の中に手を入れ、憐憫の滲んだ表情で冬を見た。
「わたしは、この双子は自然に任せようと思っていた。お冬は自らがのんだ毒で死んでいく。それは仕方のないことだ。お冬の死はお春も知ることになるだろう。そうすれば、お春の無念も晴れたはずだ」
阿光はいたたまれないというように拳を握った。
「おまえは姉を魂の片割れだと、二人で一つだと言ったじゃないか。あれは嘘だったのかよ」
阿光と吽光は双子のようなものだ。阿光にも思うところがあるのだろう。
「いいえ、嘘ではありません。とても憎らしく、同じくらい好いています。ああ、早くこちらに来ないかしら、姉さまと再会するのが待ち遠しい。みなさま、ありがとうございました」
少女は笑い声とともに消えた。
最後に、発した言葉を残して。
「姉さまとあたしは一緒です。ずっと」
「神様、申し訳ございません」
「あの双子の悪夢の元凶に手を出しちまった」
阿光と吽光が神に頭を下げる。
「そうか。おまえたちには説明しておくべきだったな」
小さく吐息した光仙は、檜扇を手にしてとんと手の平を打ちながら少女の魂を見た。
「……おまえは、お冬だな」
「はい、神様」
冬は笑みを浮かべて光仙を見上げた。
「あたしは毎晩、沼の夢を見ていました。姉さまがあたしだけに見せているのかと思ったら、双子はみな同じ夢を見ていると噂で聞きました。だからきっと近いうち、姉さまは沼から発見されて、その魂が解放され、恨みを晴らしにあたしの元にやってくると思っていました。でも、なかなか現れませんでした」
いったん言葉を止めた冬は、笑みを深めた。
「神様が止めていたのですね」
ぞくり、と小藤は寒気を覚えた。
なぜだろうか。冬は変わらず可愛らしい笑顔を見せているのに。
「でもよかったです、この方たちが姉さまを沼の底から助け出してくれました。だから、なんとか間に合いました」
「……間に合ったって、なにがだよ」
阿光が眉をひそめて冬に尋ねる。阿光も嫌なものを感じているのだろう。
「姉さまが来れば、あたしの身体を欲しがると思いました。だからあたしは、身体に細工をしたのです」
「なにをしたんだ」
冬が阿光を見る。
「あたしは毒を飲んでいました。生きながら腐っていく毒です。もう、一部が腐り始めていました」
さも楽しそうに、冬はくすくすと笑う。
「少しずつ身体が腐る。姉さまは二度も、死の恐怖を味わうことになるのです」
鈴を転がすような少女の笑い声に、小藤は総毛立った。
だからか。
小藤は、寒さのなかで額に汗していた少女の姿を思い出す。
あれは毒による体調不良のためだったのだろう。冬の身体に入った春が「身体が重くて動きにくい」と言っていたのもそのせいだ。
それに、身体を手に入れた春は「この姿でも四人とも見えるのね」と言っていた。
本来、人は神や霊などを見ることができない。
しかし、例外があると小藤は聞いたことがある。
子供と、死期が迫った者だ。
だから生身となった春には小藤たちが見えたのだ。
光仙は両袖の中に手を入れ、憐憫の滲んだ表情で冬を見た。
「わたしは、この双子は自然に任せようと思っていた。お冬は自らがのんだ毒で死んでいく。それは仕方のないことだ。お冬の死はお春も知ることになるだろう。そうすれば、お春の無念も晴れたはずだ」
阿光はいたたまれないというように拳を握った。
「おまえは姉を魂の片割れだと、二人で一つだと言ったじゃないか。あれは嘘だったのかよ」
阿光と吽光は双子のようなものだ。阿光にも思うところがあるのだろう。
「いいえ、嘘ではありません。とても憎らしく、同じくらい好いています。ああ、早くこちらに来ないかしら、姉さまと再会するのが待ち遠しい。みなさま、ありがとうございました」
少女は笑い声とともに消えた。
最後に、発した言葉を残して。
「姉さまとあたしは一緒です。ずっと」
13
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
浅葱色の桜
初音
歴史・時代
新選組の局長、近藤勇がその剣術の腕を磨いた道場・試衛館。
近藤勇は、子宝にめぐまれなかった道場主・周助によって養子に迎えられる…というのが史実ですが、もしその周助に娘がいたら?というIfから始まる物語。
「女のくせに」そんな呪いのような言葉と向き合いながら、剣術の鍛錬に励む主人公・さくらの成長記です。
時代小説の雰囲気を味わっていただくため、縦書読みを推奨しています。縦書きで読みやすいよう、行間を詰めています。
小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも載せてます。
鎌倉最後の日
もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
梅すだれ
木花薫
歴史・時代
江戸時代の女の子、お千代の一生の物語。恋に仕事に頑張るお千代は悲しいことも多いけど充実した女の人生を生き抜きます。が、現在お千代の物語から逸れて、九州の隠れキリシタンの話になっています。島原の乱の前後、農民たちがどのように生きていたのか、仏教やキリスト教の世界観も組み込んで書いています。
登場人物の繋がりで主人公がバトンタッチして物語が次々と移っていきます隠れキリシタンの次は戦国時代の姉妹のストーリーとなっていきます。
時代背景は戦国時代から江戸時代初期の歴史とリンクさせてあります。長編時代小説。長々と続きます。
佐々木小次郎と名乗った男は四度死んだふりをした
迷熊井 泥(Make my day)
歴史・時代
巌流島で武蔵と戦ったあの佐々木小次郎は剣聖伊藤一刀斎に剣を学び、徳川家のため幕府を脅かす海賊を粛清し、たった一人で島津と戦い、豊臣秀頼の捜索に人生を捧げた公儀隠密だった。孤独に生きた宮本武蔵を理解し最も慕ったのもじつはこの佐々木小次郎を名乗った男だった。任務のために巌流島での決闘を演じ通算四度も死んだふりをした実在した超人剣士の物語である。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

葉桜よ、もう一度 【完結】
五月雨輝
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞特別賞受賞作】北の小藩の青年藩士、黒須新九郎は、女中のりよに密かに心を惹かれながら、真面目に職務をこなす日々を送っていた。だが、ある日突然、新九郎は藩の産物を横領して抜け売りしたとの無実の嫌疑をかけられ、切腹寸前にまで追い込まれてしまう。新九郎は自らの嫌疑を晴らすべく奔走するが、それは藩を大きく揺るがす巨大な陰謀と哀しい恋の始まりであった。
謀略と裏切り、友情と恋情が交錯し、武士の道と人の想いの狭間で新九郎は疾走する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる