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二章 双子沼(ホラーもの)
二章 9
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「……あぁ、そういうことか……」
やっと冬は理解した。
冬がやっていないのなら、売り上げを持ち出したのは春しかいない。自分と同じ顔をもつ者は、春しかいないのだから。
いつも春が桃色、冬は薄藍の衣を身に着けていたから、薄藍の着物を着ていれば誰もが春を冬だと思うはずだ。
冬に罪をきせるために、春は冬の着物を着て金を盗りに行ったのだ。
そういえば以前、着物の置き場が変わっていることがあった。そのときは気のせいだと思ったが、春が持ち出していたのだとすれば合点がいく。
ならば春にあるという身体の傷も、春の自傷行為に違いない。
冬は女中に礼をするのも忘れ、怒りのままに春の部屋に向かった。
「お春、一体どういうことなの」
誰から聞いたかは伏せたまま、春の行いに理由を求めた。なぜここまで自分が貶められねばならないのか。
「やっとお冬の耳に入ったのね。随分遅かったね」
春はくすくすと笑った。
「どうしてこんなことをしたの?」
「はじめは、わざと傷を作って母さまに見せているだけだったの。優しくしてくれたから」
しかしあまりに頻繁なので、母は意図的につけられた傷だと気付き始めた。ただし、方向を間違えた。
「誰につけられた傷なのかおっしゃい」
そう母に言われて、冬のせいにすることを思いついた。
元々春は、両親の愛が冬と半々であることが気に食わなかった。両親を独り占めしたかった。
その千載一遇の好機がやってきたと思った。
しかし、親が冬を叱りつけ反省を促すようなことをすれば、春の嘘がばれてしまう。
そこで、冬に言えば自分は殺されると脅えるふりをした。
更に奉公人たちも味方につけようと、冬の着物を着て、わざと立ち去る姿を見せるようにして店の売り上げを盗んだ。
「あたしから聞いたって言ってもいいよ。もう誰もお冬の言うことなんて聞かないから。みんなお冬のことは乱暴な盗人と思っているのよ。やっと父さまと母さまがあたしのものになった」
楽しそうに笑う春の部屋を後にし、自分の部屋で冬は泣いた。
悔しい。口惜しい。
知らないうちに、春に両親を奪われていた。奉公人たちも離れていた。
愛情を取り戻したい。奉公人たちの信頼を取り戻したい。
それになにより恐ろしいのは、こんな企みをする姉と同じ屋根の下で暮らし続けねばならないことだ。またいつ、春が自分になりすまして悪さをするのかわからない。
身を護るためにも、冬はしばし考えた。
自分たちは似すぎている。
だから、たかが衣一枚でみな、ころりと騙されるのだ。
そこで冬は一大決心をした。
「父さま、母さま、見ていてください」
家族が集まる夕餉の際に、冬はハサミで髪を肩のあたりでばっさり切った。
「まあ、大切な髪を、なんてこと」
母親は冬にかけよった。
「あたしは春に手出ししておりません。売上金にも手を付けておりません。ですが、疑われているのならけじめをつけます」
そして母の顔を見た。こんなに近くで母を見るのは久しぶりだった。
「あたしを母さまの部屋で起居させていただけませんか。そうすれば、あたしがいかに店のために研鑽に励んでいるか、おわかりいただけるはずです」
春は顔色を変えていた。
冬が「自分はやっていない」と両親に泣いてすがると思っていたのだろう。咎人が無実を主張するのは当たり前で、ますます疑いが濃くなると春は目算していた。
そうはさせない、と冬は思う。
同じ家に同時に生まれた、同じ顔の姉。
大好きだった。
いつまでも仲良くいられると思っていた。
――しかし、違った。
冬は姉に目覚めさせられた。
春と冬は同時期に婚期が訪れる。
女にとって、よい家に嫁ぐこと、そして町家であれば店が繁盛するようなよい女房になることが幸せだ。
そのために冬は春より秀で、良家に選ばれねばならない。それは十歳の冬にとって、そう遠い話ではなかった。
姉はおままごとをする相手ではなく、対抗者だったのだ。
やっと冬は理解した。
冬がやっていないのなら、売り上げを持ち出したのは春しかいない。自分と同じ顔をもつ者は、春しかいないのだから。
いつも春が桃色、冬は薄藍の衣を身に着けていたから、薄藍の着物を着ていれば誰もが春を冬だと思うはずだ。
冬に罪をきせるために、春は冬の着物を着て金を盗りに行ったのだ。
そういえば以前、着物の置き場が変わっていることがあった。そのときは気のせいだと思ったが、春が持ち出していたのだとすれば合点がいく。
ならば春にあるという身体の傷も、春の自傷行為に違いない。
冬は女中に礼をするのも忘れ、怒りのままに春の部屋に向かった。
「お春、一体どういうことなの」
誰から聞いたかは伏せたまま、春の行いに理由を求めた。なぜここまで自分が貶められねばならないのか。
「やっとお冬の耳に入ったのね。随分遅かったね」
春はくすくすと笑った。
「どうしてこんなことをしたの?」
「はじめは、わざと傷を作って母さまに見せているだけだったの。優しくしてくれたから」
しかしあまりに頻繁なので、母は意図的につけられた傷だと気付き始めた。ただし、方向を間違えた。
「誰につけられた傷なのかおっしゃい」
そう母に言われて、冬のせいにすることを思いついた。
元々春は、両親の愛が冬と半々であることが気に食わなかった。両親を独り占めしたかった。
その千載一遇の好機がやってきたと思った。
しかし、親が冬を叱りつけ反省を促すようなことをすれば、春の嘘がばれてしまう。
そこで、冬に言えば自分は殺されると脅えるふりをした。
更に奉公人たちも味方につけようと、冬の着物を着て、わざと立ち去る姿を見せるようにして店の売り上げを盗んだ。
「あたしから聞いたって言ってもいいよ。もう誰もお冬の言うことなんて聞かないから。みんなお冬のことは乱暴な盗人と思っているのよ。やっと父さまと母さまがあたしのものになった」
楽しそうに笑う春の部屋を後にし、自分の部屋で冬は泣いた。
悔しい。口惜しい。
知らないうちに、春に両親を奪われていた。奉公人たちも離れていた。
愛情を取り戻したい。奉公人たちの信頼を取り戻したい。
それになにより恐ろしいのは、こんな企みをする姉と同じ屋根の下で暮らし続けねばならないことだ。またいつ、春が自分になりすまして悪さをするのかわからない。
身を護るためにも、冬はしばし考えた。
自分たちは似すぎている。
だから、たかが衣一枚でみな、ころりと騙されるのだ。
そこで冬は一大決心をした。
「父さま、母さま、見ていてください」
家族が集まる夕餉の際に、冬はハサミで髪を肩のあたりでばっさり切った。
「まあ、大切な髪を、なんてこと」
母親は冬にかけよった。
「あたしは春に手出ししておりません。売上金にも手を付けておりません。ですが、疑われているのならけじめをつけます」
そして母の顔を見た。こんなに近くで母を見るのは久しぶりだった。
「あたしを母さまの部屋で起居させていただけませんか。そうすれば、あたしがいかに店のために研鑽に励んでいるか、おわかりいただけるはずです」
春は顔色を変えていた。
冬が「自分はやっていない」と両親に泣いてすがると思っていたのだろう。咎人が無実を主張するのは当たり前で、ますます疑いが濃くなると春は目算していた。
そうはさせない、と冬は思う。
同じ家に同時に生まれた、同じ顔の姉。
大好きだった。
いつまでも仲良くいられると思っていた。
――しかし、違った。
冬は姉に目覚めさせられた。
春と冬は同時期に婚期が訪れる。
女にとって、よい家に嫁ぐこと、そして町家であれば店が繁盛するようなよい女房になることが幸せだ。
そのために冬は春より秀で、良家に選ばれねばならない。それは十歳の冬にとって、そう遠い話ではなかった。
姉はおままごとをする相手ではなく、対抗者だったのだ。
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