【完結】神柱小町妖異譚

じゅん

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二章 双子沼(ホラーもの)

二章 7

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 三人が整えられた庭園に回ると、腰を抜かしたように地べた座り込む少女と、腐った肉を垂れ流す春がいた。
 黒髪を肩辺りで切り揃えている尼削ぎ少女は、春を見上げながら脅えるように肩を震わせている。近くに毬が転がっているので、毬つきでもして遊んでいたのだろう。
「お冬様、どうされましたか」
 奉公人だろう者たちが駆けつける。その者たちには春が見えないようだ。少女もそれに気がついた様子だった。
「なんでもない、ちょっと転んだだけ」
 少女は上等な薄藍の着物をはたきながら立ち上がった。
「お気をつけください、このところ調子がすぐれないのですから」
「お春様がいなくなられてから、お冬様はふさぎ込んでいなさる」
「なにかあればお呼びください」
 奉公人は去っていった。
 助けを求めない少女の言動にも驚いたが、その少女の顔を見て小藤はもっと驚いた。
 その少女は、姿が崩れる前の可愛らしい春の顔とそっくりだった。髪型が同じであれば、どちらか見分けがつかないだろう。
「姉さま、なの?」
 少女は春に尋ねた。
 ――そうよ。
 ――お冬のせいだ。お冬が憎い。
 ――その肉体をよこせ。
 春が少女を襲う。身体を乗っ取ろうとしているようだ。
「危ない!」
 阿光が少女に向かって走る。その間に尻尾と耳がなくなり、人に姿を変えた。そのままでは人に触れられないからだろう。
 そして少女の身体を抱えると、間一髪、春を避けた。
「大丈夫か」
「はい」
 少女は目を丸くして阿光を見た。突然現れた神職姿の少年に驚いているのだろう。
「オレに責任がある。あの悪霊を退治してやろう」
 阿光は春に手の平を向けた。
 ――邪魔はさせない。
 春は暗い眼窩で阿光を睨む。
「やめてください」
 華奢な少女は阿光の手に抱きついた。守ろうとしている人物からの妨害に阿光は動揺する。
「なぜだ。あの悪霊はおまえの身体を奪おうとしているんだぞ」
「姉さまがこうなったのは、あたしのせいなのです。こんな日が来ると思っていました」
 少女は細い眉を寄せてうつむいた。

   * * *

 春と冬は双子の姉妹だ。
 裕福な木綿問屋の娘として生まれ、すくすくと育った。
「ねえお冬、どうしてあたしたちは同時に生まれちゃったんだろうね。なんでも半分こ。父さまと母さまも半分こ」
 春は人一倍愛情を欲する娘だった。ことあるごとに双子であることを不満がった。
 姉妹の容姿は、実の両親でも見分けがつかないほどそっくりだ。
 両親は姉妹を同じように愛した。同時に生まれた瓜二つの娘なのだから、差がつかないように細心の注意を払っていた。
 というのも実は、容姿は全く同じでも才徳に関しては冬が優れている。逆に言えば、春は抜けたところがあるのだ。うっかりすると冬を可愛がってしまいそうになる。
 ともあれ、黙っていれば双子はどちらかわからないので、目印になるように着物の色は別々のものを身につけさせた。
 春は桃色、冬は薄藍だ。
 しかしいつのころからか、少しずつ両親の反応に差がついた。
 姉の春ばかり可愛がり始めたのだ。
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