【完結】神柱小町妖異譚

じゅん

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二章 双子沼(ホラーもの)

二章 5

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「いますね」
「いるな」
 目的の沼を見つけたようだ。
「じゃあ帰ろう」
 小藤は二人の手を引っ張った。
 ただの沼だというのに、小藤の背筋にぞくぞくと寒気が走った。

 ――助けて。

 その時、鈴の音のような少女の声が聞こえた。神使たちは小藤から手を離して身構えた。
 可愛らしい少女の声はすすり泣く。
 ――怖いよう。暗いよう。冷たいよう。苦しいよう。
 ――お願い、あたしをここから出して。
 ――もう一人ぼっちはいやだよう。つらいよう。淋しいよう。
 その声は頭に直接響いてくるようだった。
「やはり、人の死者が沼にいるようだ」
 阿光が言った。
 嗚咽混じりのか細い声を聞いているうちに、小藤は憐れに思えてきた。
 人が踏み込まないような暗い森の奥深く、こんなに不気味な沼に、少女は一人で沈んでいるのだろう。
 橋脚に縛られ、泥水を飲んだ味が思い出された。
 身体に押し寄せる濁流の恐怖。
 この少女はきっと、死んでもなお自分と同じ恐ろしい思いをし続けているに違いない。
「この子を助けてあげられないのかな」
 小藤が二人を見ると、彼らも迷っているようだった。
「オレたちなら、沼底に埋まった遺体を出すことができるけど」
「勝手はしないと、神様に言ってしまいましたから」
 神使の二人は顔を見合わせて、複雑そうな表情をしながらも沼に背を向けた。
 ――行かないで。
 ――いままで誰も来てくれなかった。
 ――ずっとお願いしてるのに、あたしの声は届かない。
 ――助けて。ここから出して。お願い。お願い。
 少女は泣きじゃくる。悲鳴のような懇願に、小藤の胸は締め付けられた。
「……くそっ、しゃあねえなっ」
 阿光は振り向き、沼に向かって手をかざした。吽光はその手を両手でおろした。
「待ちなさい阿光。神様に許可をもらってから、明日また出直しましょう」
「だってこの子、こんなに泣いてるじゃないか。聞いてられねえよ」
「そうですけど……」
 吽光の手から力が抜けた。
 そんな吽光の背中をぽんと叩き、阿光は改めて沼に手を伸ばす。阿光がなにか唱えると、その手が光りだした。
 水面が揺らぎ、水泡が浮いてくる。
 水泡がはじける音が大きくなる。
 沼底の汚泥が攪拌されるためか、臭気が強くなり周囲に漂った。
 その泡は激しくわきあがって水面を突き上げ、やがて大きな水柱が上がった。沼が大きく揺れて泥がはじけ飛ぶ。
 その柱の上には人骨がのっていた。
 水柱がおさまると人骨だけが空に浮き、阿光の手の誘導により三人の近くの地面におろされた。
 頭蓋骨は小藤の両手で包めるのではないかというほど小さい。
 ――あたしの名前は春。助けてくれてありがとう。
 人骨から白い靄のようなものが現れ、人の形になっていく。
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