【完結】神柱小町妖異譚

じゅん

文字の大きさ
上 下
17 / 64
二章 双子沼(ホラーもの)

二章 1

しおりを挟む
 ……助けて、誰か助けて……。
 叫びたくても口からは泡が吐き出されるばかりだ。
 冬の水は冷たい。瞬時に凍えて身体が思うように動かなくなった。
 ふっくらと丸みのある手はもがくように水をかくものの、濡れた着物が重く身体にまとわりついて、じょじょに身体が沈んでいく。
 苦しい……。
 堪えきれずに少女は泥の混じった水を飲みこんだ。つんとした痛みが鼻腔や気管に走り、むせて更に水を飲む。すぐに痛みよりも熱さが全身を支配した。絶望に見開かれた瞳から溢れる涙が沼の水と混じりあう。
 少女は更に沈んでいく。桃色の袖とほどけた長い黒髪が水中を漂う。
 沼の表面には、少女から吐き出された水泡がぶくぶくと湧き上がってはじけていた。
 そしてしばらくすると、水泡がなくなった。
 深く暗い森に静寂が戻った。

   * * *

「朝餉の手伝いをしましょうか?」
「邪魔ですから向こうに行ってください」
「お掃除の手伝いをしましょうか?」
「手順や道具の説明をするほうが面倒なんだよ」
 小藤が料理をする吽光に、掃除をする阿光に話しかけるも、素気なくあしらわれてすごすごと退散する。朝から晩まで動きっぱなしだった働き者の小藤は、手持ち無沙汰で困っていた。
「おいで小藤」
 何度見ても見惚れてしまいそうになる美貌の神に呼ばれ、小藤は光仙の前で正座した。
「彼らは神使だ。わたしの身の回りの世話をすることが生きがいなのだから、仕事を奪っては可哀想だというものだ」
「はあ、そういうものですか」
 納得のいかない小藤は眉を下げて唇をすぼめた。
「それにおまえは今までが働きすぎだったのだ。少しはのんびりと過ごし、人に甘えることも覚えなさい」
 光仙は小藤の手をとった。日に焼けて、指や手の平がまめで固くなり、あちこちの皮がむけて傷だらけだ。
「苦労人の手だ。白魚のような手に戻るにはまだ時間がかかりそうだな」
「光仙さま、恥ずかしいです。あまり見ないでください」
 白魚のような手になりたいと思っているわけではないが、見苦しい手であることは自覚している。まじまじと見られたいものではなかった。
「わたしはこの手が好きだ。このような者がこの地を豊かにしている」
 指先を光仙に口づけられ、小藤は真っ赤になった。
「おたわむれはやめてください」
 小藤は慌てて手を引いて胸に抱いた。光仙はくすくすと笑った。

 小藤が人柱となって半月ほどが経った。
 本調子ではなかった体調はすっかりよくなった。元々痛みはなかったが、激流のなかでついた傷は体中に残っている。ずいぶんと深いものもあったが、それも少しずつ癒えてきた。
 以前では想像もできなかったような栄養のいいものを三食食べ、風呂にも毎日入れるので、肌や髪の質が良くなった。元々小藤は器量よしであったが、輝くように美しくなった。
 実家にいる頃の小藤は汚れが染みついた小袖を着ていたのだが、今は阿光や吽光と同じく白衣に袴姿で、袴の色は藤色だ。淡い青みのある紫色で若紫とも呼ばれる。胸まである髪は右耳の下で一つに結っていた。
「さて、そろそろ行くとするか」
 食事が終わって落ち着いたころ、おもむろに光仙は立ち上がった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】女神は推考する

仲 奈華 (nakanaka)
歴史・時代
父や夫、兄弟を相次いで失った太后は途方にくれた。 直系の男子が相次いて死亡し、残っているのは幼い皇子か血筋が遠いものしかいない。 強欲な叔父から持ち掛けられたのは、女である私が即位するというものだった。 まだ幼い息子を想い決心する。子孫の為、夫の為、家の為私の役目を果たさなければならない。 今までは子供を産む事が役割だった。だけど、これからは亡き夫に変わり、残された私が守る必要がある。 これは、大王となる私の守る為の物語。 額田部姫(ヌカタベヒメ) 主人公。母が蘇我一族。皇女。 穴穂部皇子(アナホベノミコ) 主人公の従弟。 他田皇子(オサダノオオジ) 皇太子。主人公より16歳年上。後の大王。 広姫(ヒロヒメ) 他田皇子の正妻。他田皇子との間に3人の子供がいる。 彦人皇子(ヒコヒトノミコ) 他田大王と広姫の嫡子。 大兄皇子(オオエノミコ) 主人公の同母兄。 厩戸皇子(ウマヤドノミコ) 大兄皇子の嫡子。主人公の甥。 ※飛鳥時代、推古天皇が主人公の小説です。 ※歴史的に年齢が分かっていない人物については、推定年齢を記載しています。※異母兄弟についての明記をさけ、母方の親類表記にしています。 ※名前については、できるだけ本名を記載するようにしています。(馴染みが無い呼び方かもしれません。) ※史実や事実と異なる表現があります。 ※主人公が大王になった後の話を、第2部として追加する可能性があります。その時は完結→連載へ設定変更いたします。  

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

抜け忍料理屋ねこまんま

JUN
歴史・時代
 里を抜けた忍者は、抜け忍として追われる事になる。久磨川衆から逃げ出した忍者、疾風、八雲、狭霧。彼らは遠く離れた地で新しい生活を始めるが、周囲では色々と問題が持ち上がる。目立ってはいけないと、影から解決を図って平穏な毎日を送る兄弟だが、このまま無事に暮らしていけるのだろうか……?

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

夜珠あやかし手帖 のっぺらぼう

井田いづ
歴史・時代
貧乏絵師の描いた絵が夜中に抜け出した⁈  どうにかこれを探してくれないか──そんな話を聞いた団子屋の娘たまは、妖斬りの夜四郎も巻き込んで、またまた妖探して東奔西走することに。時を同じくして、町には『顔のない辻斬り』の噂が流れ始めて──。 妖を視ることのできる町娘たま×妖斬りの侍夜四郎コンビのあやかし退治譚、第二弾開幕! (この作品からでも読み始められますが、シリーズ第一作は『ろくろくび』となります。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/284186508/680625465) +++ [改稿履歴] 2022/09/28 初稿投稿 2022/11/30 改稿(一回目開始) 2022/11/30 改稿(一回目終了)

肥後の春を待ち望む

尾方佐羽
歴史・時代
秀吉の天下統一が目前になった天正の頃、肥後(熊本)の国主になった佐々成政に対して国人たちが次から次へと反旗を翻した。それを先導した国人の筆頭格が隈部親永(くまべちかなが)である。彼はなぜ、島津も退くほどの強大な敵に立ち向かったのか。国人たちはどのように戦ったのか。そして、九州人ながら秀吉に従い国人衆とあいまみえることになった若き立花統虎(宗茂)の胸中は……。

余り侍~喧嘩仲裁稼業~

たい陸
歴史・時代
伊予国の山間にある小津藩は、六万国と小国であった。そこに一人の若い侍が長屋暮らしをしていた。彼の名は伊賀崎余一郎光泰。誰も知らないが、世が世なら、一国一城の主となっていた男だった。酒好き、女好きで働く事は大嫌い。三度の飯より、喧嘩が好きで、好きが高じて、喧嘩仲裁稼業なる片手業で、辛うじて生きている。そんな彼を世の人は、その名前に引っかけて、こう呼んだ。余侍(よざむらい)様と。 第七回歴史・時代小説大賞奨励賞作品

処理中です...