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一章 水神の怒りと人柱(始まりの物語)
一章 14
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ようやく神体探しに動き出すようだ。小藤は心底ほっとした。それは菊も同じようで、安堵の表情を浮かべている。
村長たちは村人全体に呼びかけて、空き家や納屋など、村の中にある人気の少ない建物から捜索し始めた。
それほど広くはない村だ、総出で行えばそれほど時間はかからなかった。
「村の中にはよそ者はいねえな」
「では、山の中だろう」
「お社を含めて、山にある建物はそう多くはねえ」
「相手は盗人だ、万が一のために護身用の道具は持って行った方がいいだろう」
こうして、山の中に点在するいくつかの小屋に、力自慢の男衆が分かれて向かうことになった。
この時点で菊はお役御免となり、家に帰っていった。
四、五人ほどに組み分けされた班のどれについて行こうかと見回して、小藤は父親のいる集団に続くことにした。
父親は変わらず憔悴したように目の下や頬がこけているが、目的があるためか、家でぼんやりしている時よりも生気があった。
しばらく歩くと小屋にたどり着いた。遭難するほどの高い山ではないので、主に旅人のための、雨風がしのげるだけの簡易的な小屋だった。
「よし、開けるぞ」
班の中でも二十代前半の筋骨逞しい青年が率先して戸に手をかけた。一気に戸を開いて自分も一歩下がる。しかし中からは物音一つしなかった。
「なんだ、ここは外れか」
青年は残念そうに言いながら小屋に入った。
明り取りの小さな窓が一つあるだけの小屋は暗く、十畳ほどの広さだ。青年の後に同い年くらいの若者も続いた。
そして小藤の父親が三番目に入ろうとしたときに、中から青年の悲鳴がした。
「なんだ」
慌てて父が中に入ると、若者二人が倒れている。父は動く影に気づいて持っていた鍬の柄で受け止めるも、勢いを弱めただけで鈍器が頭に直撃し、呻いて倒れた。
「おめえ入ってくんな。ここに盗人がいる。人呼んで来い!」
父は倒れて頭を押さえながらも、自分の後ろにいた村人に向かって叫んだ。
「わかった」
返事と共に足音が遠ざかった。小藤も小屋の中に入ってみると、四十代ほどの筋肉質な無精ひげの男が、太い薪を持って立っていた。薪は山小屋の備蓄品だろう。若者二人は不意打ちをまともに受けてしまったようで、完全に意識を失っていた。
小屋の奥には大きな布袋があり、巻緒に巻かれた掛け軸の一部が見えている。この男が盗人で間違いない。
「ご神体を返せ、雨が降り止まないのはそのためだ」
父が起き上がりながら盗人に言った。
「うるせえ、人が来る前にとんずらしてやる。殺生は好きではないが、顔を見られたからには生かしてはおけぬ」
「やめろ、おまえなんぞわざわざ探したりはしない。ご神体を置いて消え失せろ」
父は鍬を構える。柄が長く先端に鋭い金属がついている鍬は、盗人が持っている薪よりも優位な武器に見えた。
しかし盗人に薪で鍬の柄を叩きつけらえると、父の手から鍬が離れてしまった。さきほど頭に受けた衝撃で力が入らないようだ。盗人は落ちた鍬を足で蹴り、父の手の届かない小屋の端まで移動させてしまった。
「さあ観念しろ」
父はじりじりと下がるが、壁に追い詰められてしまった。
父を救おうと小藤が男を掴もうとしても、その手は空を切ってしまう。
「光仙さま、おっとうを助けてください」
小藤は慌てて光仙に頼んだ。
「それはならぬ」
村長たちは村人全体に呼びかけて、空き家や納屋など、村の中にある人気の少ない建物から捜索し始めた。
それほど広くはない村だ、総出で行えばそれほど時間はかからなかった。
「村の中にはよそ者はいねえな」
「では、山の中だろう」
「お社を含めて、山にある建物はそう多くはねえ」
「相手は盗人だ、万が一のために護身用の道具は持って行った方がいいだろう」
こうして、山の中に点在するいくつかの小屋に、力自慢の男衆が分かれて向かうことになった。
この時点で菊はお役御免となり、家に帰っていった。
四、五人ほどに組み分けされた班のどれについて行こうかと見回して、小藤は父親のいる集団に続くことにした。
父親は変わらず憔悴したように目の下や頬がこけているが、目的があるためか、家でぼんやりしている時よりも生気があった。
しばらく歩くと小屋にたどり着いた。遭難するほどの高い山ではないので、主に旅人のための、雨風がしのげるだけの簡易的な小屋だった。
「よし、開けるぞ」
班の中でも二十代前半の筋骨逞しい青年が率先して戸に手をかけた。一気に戸を開いて自分も一歩下がる。しかし中からは物音一つしなかった。
「なんだ、ここは外れか」
青年は残念そうに言いながら小屋に入った。
明り取りの小さな窓が一つあるだけの小屋は暗く、十畳ほどの広さだ。青年の後に同い年くらいの若者も続いた。
そして小藤の父親が三番目に入ろうとしたときに、中から青年の悲鳴がした。
「なんだ」
慌てて父が中に入ると、若者二人が倒れている。父は動く影に気づいて持っていた鍬の柄で受け止めるも、勢いを弱めただけで鈍器が頭に直撃し、呻いて倒れた。
「おめえ入ってくんな。ここに盗人がいる。人呼んで来い!」
父は倒れて頭を押さえながらも、自分の後ろにいた村人に向かって叫んだ。
「わかった」
返事と共に足音が遠ざかった。小藤も小屋の中に入ってみると、四十代ほどの筋肉質な無精ひげの男が、太い薪を持って立っていた。薪は山小屋の備蓄品だろう。若者二人は不意打ちをまともに受けてしまったようで、完全に意識を失っていた。
小屋の奥には大きな布袋があり、巻緒に巻かれた掛け軸の一部が見えている。この男が盗人で間違いない。
「ご神体を返せ、雨が降り止まないのはそのためだ」
父が起き上がりながら盗人に言った。
「うるせえ、人が来る前にとんずらしてやる。殺生は好きではないが、顔を見られたからには生かしてはおけぬ」
「やめろ、おまえなんぞわざわざ探したりはしない。ご神体を置いて消え失せろ」
父は鍬を構える。柄が長く先端に鋭い金属がついている鍬は、盗人が持っている薪よりも優位な武器に見えた。
しかし盗人に薪で鍬の柄を叩きつけらえると、父の手から鍬が離れてしまった。さきほど頭に受けた衝撃で力が入らないようだ。盗人は落ちた鍬を足で蹴り、父の手の届かない小屋の端まで移動させてしまった。
「さあ観念しろ」
父はじりじりと下がるが、壁に追い詰められてしまった。
父を救おうと小藤が男を掴もうとしても、その手は空を切ってしまう。
「光仙さま、おっとうを助けてください」
小藤は慌てて光仙に頼んだ。
「それはならぬ」
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