【完結】神柱小町妖異譚

じゅん

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一章 水神の怒りと人柱(始まりの物語)

一章 13

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「大好きよ、お菊。おっとうとおっかあにも、悲しまないでと伝えてね」
 小藤は菊の額を優しくなでた。
 眠っている菊の瞳から、一筋涙がこぼれた。
 そして菊は、がばりと起き上がった。
「姉ちゃん?」
 菊は周囲を見回した。小藤はまだ枕元に座っているが、もう菊には見えないようだ。
「私、伝えなきゃ」
 立ち上がった菊は、隣りの茶の間に行って父と母に声をかけた。
「姉ちゃんが会いに来て、水神様の怒りをおさめる方法を教えてくれた。一緒に村長さんの所に行こう」
 両親の反応は芳しくなかった。
「夢でも見たんでしょう」
「そうだな。小藤がいなくなるなんて、信じられねえもんな」
 二人の様子に菊は眉を吊り上げた。腑抜けた両親を見ていられないが、その気持ちもよくわかるという複雑な表情をしている。
「あまり悲しむなって姉ちゃんが言ってたよ。私は出てくる」
「やめなさい、また寝込むことになるよ」
「大丈夫。姉ちゃんが健康にしてくれたの」
 菊は土間の壁にかかっている菅笠と簑を身に着けて、激しい雨の降る外に飛び出した。小藤と光仙もそのあとに続く。
 村長は村一番の地所持ちで、村の中心にある築地塀がめぐらされた立派な家に住んでいた。
「村長さん」
 菊は村長の家の戸を叩く。女中に案内されて通された部屋には、昨日小藤の家に押しかけてきた村人たちと車座になっている村長がいた。一睡もしてないのか、その目は充血して昨夜よりも剣呑だった。
 断腸の思いで行った人柱でも雨が止まず、村長たちの焦りと苛立ちが増していた。
「なんだお菊、わしたちを責めに来たのか」
「違います」
 菊は事情を話した。しかし信用されず、ただの夢だろうと一蹴された。
「せめて水神様のお社に行って、ご神体があるかどうか調べてください」
「そんな世迷言にわしらをつき合わせるのか。もしご神体があったらどうする」
「人柱の数が足らんのではないかという話があったんだ。もしご神体がお社にあれば、おまえも人柱になるというなら行ってやろう」
 半分冗談、半分は本気だという口ぶりだった。
「なんてひどいことを言うの」
 小藤は憤った。いくら平常時ではないといっても、言っていいことと悪いことがある。
「わかりました」
 菊は村人を見回しながら迷わず答えた。
 村人たちはざわついた。
「わたしの枕元に立ったのは、村を守るために神になった姉ちゃんです。全て真実に違いありません」
 凄みを感じさせる凛とした菊に、村人たちは怯んだ様子だ。
「お菊……」
 姉を信じるその心、そして強い芯のこもった言動に小藤は胸を打たれた。
「一晩でお菊はずいぶんと成長した。私の選択は間違いではなかった」
 それだけで、小藤は救われた気持ちになった。
 ――そうして村長たちはぞろぞろと水神の社に向かうことになった。
 そこで村人たちは神体がなくなっていることを目の当たりにする。
「お菊がご神体を隠したんじゃねえか?」
「だったら、お菊の足跡がぬかるんだ地面に残っているだろう」
「この雨じゃ足跡なんて消えちまう」
「おめえら、それよりご神体を探すのが先だろう」
「誰もお社に来ていなかったという指摘も正しいだろうな。誰かお社に通っていたか」
 意見を言い合っていた村人たちに沈黙がおりた。みな気まずそうな顔をする。
「こりゃ水神様もお怒りになるはずだ」
「まずは、早くご神体をお戻ししなければ」
 ようやく神体探しに動き出すようだ。小藤は心底ほっとした。それは菊も同じようで、安堵の表情を浮かべている。
 村長たちは村人全体に呼びかけて、空き家や納屋など、村の中にある人気の少ない建物から捜索し始めた。
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