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一章 水神の怒りと人柱(始まりの物語)
一章 10
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初めて会ったので気づかなかったが……。
「光仙さま、私のために、怒ってくださっているのですか?」
小藤の頬にあった光仙の指は、そのままあがって頭をなでた。
「小藤はわたしのお気に入りだ」
「光仙さま、ありがとうございます」
濁流の当たる橋脚に縛り付けられたときの恐怖がよみがえる。
そこから救ってくれたのは光仙だ。
光仙の腕の中で、小藤は安心して目を閉じた。
迎えに来てくれたのが光仙でよかった。
小藤は頭上にある光仙の大きな手を取り、両手で強く握った。
「では光仙さまがご贔屓にしてくださる小藤からのお願いです。水神様の怒りをおさめる方法を教えてくださいませ!」
光仙は驚くあまりに檜扇を落とした。
「小藤。理解していたつもりだったが、思っていた以上におまえは逞しいな」
「なんとでもおっしゃってください。村を水没させるわけにはまいりません」
「おまえを生贄にした者たちだぞ」
「それでも」
小藤は強いまなざしで光仙を見つめた。
「私は生まれ育ったあの村が大好きです。みな未曾有の長雨に脅え、冷静ではありませんでした。それに、大切な私の家族が住んでいる村なのですから。……お願いです光仙さま。水神様のお怒りの理由を伝え、民をよい方向に導くのも土地神様のお役目ではございませんか」
「おい小藤! 神様に説教とは何様のつもりなんだっ」
阿光が飛び掛かりそうなところを、光仙が抱きとめた。
「よい。村のために神にも盾突く心意気を買おう」
光仙は愉快そうな口ぶりだ。
「どうすればいいのかは、もう答えが出ているだろう」
小藤は光仙を見ながら考えるように何度か瞬きをして、口を開いた。
「ご神体を盗人から取り戻すこと。毎日水神様の社に参拝すること」
「そうだ」
よくできたというように光仙は目元をゆるめる。
「その盗人はどこにいるのですか?」
「場所はわかるが……」
「どこですか」
小藤は身を乗り出した。
「それくらいは村人たちに探させろ」
「そんな」
小藤は握ったままでいた光仙の手を思わず抱きしめた。
「こんな大雨のなか、やみくもに探しても見つかるはずがありません。しかも体が冷えて弱ってしまいます」
「おまえは案外、おねだり上手だな」
光仙はクスリと笑う。小藤は光仙の手を胸に抱きしめていることに気づいた。
「私、そんなつもりじゃ」
小藤は真っ赤になって、慌てて手を離した。
「神体は掛け軸だ。雨に濡れては売り物にならぬと、賊は屋根のある場所に避難している。神体を持ち出してすぐに雨が降ったから、社からそう遠くにも行っていない」
光仙は盗人のいる居場所の手がかりを教えた。小藤は顔を輝かせた。
「光仙さま、ありがとうございます。度々の非礼をお許しください」
小藤は畳に額がつくほど深々と頭を下げた。
「では私、そのことを村長さんに伝えてきます」
「待て小藤」
走り出そうとしている小藤を光仙は呼び止めた。
「なんですか? 少しでも早く伝えてあげないといけません」
「今のおまえは、人には見えん」
「え? ……あっ!」
小藤は手で口を押えた。
「私、死んでるんだった……」
小藤はその場にへたりこむ。
「光仙さま、私のために、怒ってくださっているのですか?」
小藤の頬にあった光仙の指は、そのままあがって頭をなでた。
「小藤はわたしのお気に入りだ」
「光仙さま、ありがとうございます」
濁流の当たる橋脚に縛り付けられたときの恐怖がよみがえる。
そこから救ってくれたのは光仙だ。
光仙の腕の中で、小藤は安心して目を閉じた。
迎えに来てくれたのが光仙でよかった。
小藤は頭上にある光仙の大きな手を取り、両手で強く握った。
「では光仙さまがご贔屓にしてくださる小藤からのお願いです。水神様の怒りをおさめる方法を教えてくださいませ!」
光仙は驚くあまりに檜扇を落とした。
「小藤。理解していたつもりだったが、思っていた以上におまえは逞しいな」
「なんとでもおっしゃってください。村を水没させるわけにはまいりません」
「おまえを生贄にした者たちだぞ」
「それでも」
小藤は強いまなざしで光仙を見つめた。
「私は生まれ育ったあの村が大好きです。みな未曾有の長雨に脅え、冷静ではありませんでした。それに、大切な私の家族が住んでいる村なのですから。……お願いです光仙さま。水神様のお怒りの理由を伝え、民をよい方向に導くのも土地神様のお役目ではございませんか」
「おい小藤! 神様に説教とは何様のつもりなんだっ」
阿光が飛び掛かりそうなところを、光仙が抱きとめた。
「よい。村のために神にも盾突く心意気を買おう」
光仙は愉快そうな口ぶりだ。
「どうすればいいのかは、もう答えが出ているだろう」
小藤は光仙を見ながら考えるように何度か瞬きをして、口を開いた。
「ご神体を盗人から取り戻すこと。毎日水神様の社に参拝すること」
「そうだ」
よくできたというように光仙は目元をゆるめる。
「その盗人はどこにいるのですか?」
「場所はわかるが……」
「どこですか」
小藤は身を乗り出した。
「それくらいは村人たちに探させろ」
「そんな」
小藤は握ったままでいた光仙の手を思わず抱きしめた。
「こんな大雨のなか、やみくもに探しても見つかるはずがありません。しかも体が冷えて弱ってしまいます」
「おまえは案外、おねだり上手だな」
光仙はクスリと笑う。小藤は光仙の手を胸に抱きしめていることに気づいた。
「私、そんなつもりじゃ」
小藤は真っ赤になって、慌てて手を離した。
「神体は掛け軸だ。雨に濡れては売り物にならぬと、賊は屋根のある場所に避難している。神体を持ち出してすぐに雨が降ったから、社からそう遠くにも行っていない」
光仙は盗人のいる居場所の手がかりを教えた。小藤は顔を輝かせた。
「光仙さま、ありがとうございます。度々の非礼をお許しください」
小藤は畳に額がつくほど深々と頭を下げた。
「では私、そのことを村長さんに伝えてきます」
「待て小藤」
走り出そうとしている小藤を光仙は呼び止めた。
「なんですか? 少しでも早く伝えてあげないといけません」
「今のおまえは、人には見えん」
「え? ……あっ!」
小藤は手で口を押えた。
「私、死んでるんだった……」
小藤はその場にへたりこむ。
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