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一章 水神の怒りと人柱(始まりの物語)
一章 8
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「それでは今までの人柱もすべて無意味だったというのですか。村のために身を捧げた多くの者たちは、すべて無駄死にですか」
小藤は光仙の衣を掴み、すがるように問いかけた。
「おい娘っ」
赤い袴の少年が小藤を引きはがそうと中腰になったのを、光仙が制した。
「そうでもない」
光仙は優しく小藤の両肩に手をかけた。
「人のために自分の命を譲ると強く願えば、神が聞き届けて身代わりに立てることもある」
「身代わりに立てる?」
「身代わりになること。つまりは誰かの魂を代償に、別の人やものを救うという意味だ」
「そんなことができるのですか」
小藤は瞳をまたたかせた。知っていれば命があるうちに兄を助けたのに、と小藤は臍をかんだ。
「そのひとつが人柱だ。しかし人柱を立てるたびに願いを叶えていれば、人柱は有効なのだと口伝され、同じことが繰り返される。特におまえのような弱い者が犠牲になる」
「そう、かもしれません」
小藤はうつむいた。
「なぜ人身御供を人柱というか知っているか」
「いいえ」
「神を数える際には、一人二人ではなく、一柱二柱と数える。だから身を犠牲にした尊い魂は神に近い存在だとして、人柱と呼ばれるのだ。人柱自体に力が宿る。だから願いが叶いやすくなる」
「人柱には、力が宿る」
小藤は顔をあげた。静かな表情の光仙は、柔らかい瞳で小藤を見返している。
それならば、いまの自分には多少なりとも力があるはずだ。神に近づいたのだから。そう小藤は考えた。
「光仙さま、お願いします。雨をとめてください。私の力を使ってください。できることならなんでもします」
光仙は困ったように眉を寄せ、檜扇を閉じて手の平をとんとんと打つ。
「それは難しい頼みだな」
「なぜですか。神様でしょう」
「神は万能ではない。役割も神域もある。やれないことや、やれてもやってはいけないことがある」
「そんなややこしいことは私にはわかりません。どうすれば雨を止められるのかを教えてください」
「おい娘、さっきから黙って聞いていれば、神様に向かって生意気だぞ!」
赤い袴の少年が立ち上がった。
「阿光(あこう)おいで」
光仙は赤い袴の少年を片膝にのせた。阿光は借りてきた猫のようにおとなしくなり、ぱたぱたと振る尻尾が畳を擦っている。
「元気なのはいいが、おまえは少々血の気が多い。それに小藤という名前があるのだから、名前で呼びなさい」
「わかったよ神様」
青い袴の少年は、そんな二人を羨ましそうに見ていた。
「吽光もおいで」
呼ばれた吽光はいそいそと光仙の膝に座った。光仙の膝の上ではにかむ吽光の頭をなでてから、光仙は小藤に向き直った。
「さて小藤。おまえたちが考えているとおり、この長雨は水神の怒りによるものだ。わたしは水神の気がおさまるまで、放っておこうと思っていた」
小藤は光仙の衣を掴み、すがるように問いかけた。
「おい娘っ」
赤い袴の少年が小藤を引きはがそうと中腰になったのを、光仙が制した。
「そうでもない」
光仙は優しく小藤の両肩に手をかけた。
「人のために自分の命を譲ると強く願えば、神が聞き届けて身代わりに立てることもある」
「身代わりに立てる?」
「身代わりになること。つまりは誰かの魂を代償に、別の人やものを救うという意味だ」
「そんなことができるのですか」
小藤は瞳をまたたかせた。知っていれば命があるうちに兄を助けたのに、と小藤は臍をかんだ。
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「そう、かもしれません」
小藤はうつむいた。
「なぜ人身御供を人柱というか知っているか」
「いいえ」
「神を数える際には、一人二人ではなく、一柱二柱と数える。だから身を犠牲にした尊い魂は神に近い存在だとして、人柱と呼ばれるのだ。人柱自体に力が宿る。だから願いが叶いやすくなる」
「人柱には、力が宿る」
小藤は顔をあげた。静かな表情の光仙は、柔らかい瞳で小藤を見返している。
それならば、いまの自分には多少なりとも力があるはずだ。神に近づいたのだから。そう小藤は考えた。
「光仙さま、お願いします。雨をとめてください。私の力を使ってください。できることならなんでもします」
光仙は困ったように眉を寄せ、檜扇を閉じて手の平をとんとんと打つ。
「それは難しい頼みだな」
「なぜですか。神様でしょう」
「神は万能ではない。役割も神域もある。やれないことや、やれてもやってはいけないことがある」
「そんなややこしいことは私にはわかりません。どうすれば雨を止められるのかを教えてください」
「おい娘、さっきから黙って聞いていれば、神様に向かって生意気だぞ!」
赤い袴の少年が立ち上がった。
「阿光(あこう)おいで」
光仙は赤い袴の少年を片膝にのせた。阿光は借りてきた猫のようにおとなしくなり、ぱたぱたと振る尻尾が畳を擦っている。
「元気なのはいいが、おまえは少々血の気が多い。それに小藤という名前があるのだから、名前で呼びなさい」
「わかったよ神様」
青い袴の少年は、そんな二人を羨ましそうに見ていた。
「吽光もおいで」
呼ばれた吽光はいそいそと光仙の膝に座った。光仙の膝の上ではにかむ吽光の頭をなでてから、光仙は小藤に向き直った。
「さて小藤。おまえたちが考えているとおり、この長雨は水神の怒りによるものだ。わたしは水神の気がおさまるまで、放っておこうと思っていた」
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